ACT19 ロローの町にて ―拉致―


 なんだ……?


 そういえば、前を歩くナイトホローとクライブが途中から何やら話し込んでいたが、どうやらクライブが吃驚きっきょうする結論に至ったらしい。


「声が大きいんだよ、バカ」とクライブを叱るナイトホローがこちらを見る。「お前達もちょっとこっちに来な。今からやることを説明するから」


 神薙とアイヴィーは、酒場のすぐ横に立つ三人の元へ小走りで近づく。

 そして小さく円になったところで、ナイトホローが説明とやらを開始した。


「ヴェノムは今、中で酒を飲んでいる。カウンターの前に座ってな。大体あいつはいつもこれくらいの時間にこの店にいるとの話だが、それはどうやら店の看板娘を気に入っているかららしい」


「気に入っているって……看板娘、NPCじゃないにゃん?」


 猫娘のキャラットが疑問を投げかける。

 肉球の付いた手で顔をくしくししているが、その様は本物の猫のようだ。

 いずれリアルのほうでもやり始めるかもしれない。


「正真正銘NPCだ。ただNPCって言っても、見た目はプレイヤーとの差異はないからな。女性のプレイヤーが少ない〈EAO〉では、女性NPCに癒しを求めるプレイヤーだっている。そこにどんな形の恋慕を抱いているのかは知らないけどね」


 ナイトホローにつられて、皆がカウンターに座るヴェノムを覗き見る。

 人を小ばかにしたようなマスクを被りながら、看板娘に身振り手振りをしているヴェノム。

 時折り聞こえる下卑た笑い声は、ノイズのように耳障りだ。

 

人工知能AIでもないNPCの受け答えなど限られているが、酒を飲みながら女性と会話できればそれでいいのだろう。――さて脱線した話を元に戻すが、まずすべきことはあいつを、


「え? ら、拉致ですか?」


 目をぱちくりするアイヴィー。

 となりではクライブがビクっと体を震わせた。


「ああ、クライブに奴を拘束してもらい、そのまま東の出口へ向かって外へ出てもらう。そして少し進んだところで解放し、すぐさまライフ・オア・デスLODを展開。奴のログアウトを防いだところで、全てを洗いざらい話してもらうって寸法さ」


 かなり乱暴な方法だ。

 しかし、見知らぬプレイヤーに外に来てくれといって素直に従うはずもないことを考えると、それしかないように思える。


「体の大きいクライブならあの細身の男を担ぐことも可能だと思うし、いいかもしれない。それに担ぐのであれば、規約で禁止されている暴力行為にも当たらないだろうし」


 そんな神薙の首にクライブの太い腕が巻き付き、トラ顔が吠える。


「エクサ、何冷静な分析してんだよっ。担ぐって言ったって強制だぜっ? もし禁止行為扱いされたらどーすんだよっ!?」


「そ、そのときは強制ログアウトさせられて、その後二十四時間ログインできなくなるだけだろ。大した処置じゃない」


「そうは言っても三回の禁止行為でアカウント停止だ。俺は一回やっちまってるから次で二回目。リーチなんだよっ!」


「そうなったら、三回目をやらなきゃいい」


「おま、そういう問題じゃ――」


「そうだぞ、クライブ。だからやれ。任務がうまくいったら、リアルで銀華宴ぎんかえんの焼肉を食わせてやる」


 合いの手を入れるナイトホローのその言に、気色ばんでいたクライブから怒気が消える。

 彼は神薙の首からゆっくりと手を離すと、真面目腐った表情で副団長に言った。


「三人前でいいですか?」


「無論だ」


 サムズアップして頷くナイトホロー。

 

「単純だにゃぁ」


 呆れ返るようなキャラットのそれが、ヴェノム拉致作戦の開始の合図となった。



 □■□


 

「くそっ、お前ら何者だ? なんだって俺はこんな仕打ちを受けているッ!?」


 クライブに地面に放り投げられたヴェノムが、誰とは言わずに声を荒げる。

 腹に据えかねて責め立てる口調だが、その亜流ピエロのようなマスクのせいでどうにも怒りが伝わってこない。


 と、そのとき頭上にハニカム構造の電子フィールドが現れる。

 それはまたたく間に周囲に広がっていくと、神薙達を中心とした直径七十メートルほどのドーム型シールドを形成した。


「あたし達は〈ジェニュエン〉で焔騎士団をやっているもんだ。なんで拉致をしたかと言えば、お前を叩きのめして八十二台のモノケロスの使用目的を聞き出すためだよ」


 ナイトホローがメニューウインドウをクローズする。

 どうやらいつの間にか、LODの展開手順を踏んでいたらしい。


 ライフ・オア・デスLOD

 つまりそれは『生きるか死ぬかを決めるための逃げられないシールド』であり、非安息地帯でデュアルする際には必ず展開しなければならないものだ。

 対象者はLODに囲まれた瞬間ログアウトは不可能になり、解放されたければ『戦って相手を倒す』か『戦って死ぬ』か『アンダードック』するかの三択を迫られる。


「焔騎士団……あの『いい子ちゃんグループ』か。なるほどね。そうかそうか」怒りの感情が鳴りを潜め、声のトーンが下がるヴェノム。そのピエロもどきがゆらりと立ち上がる。「しっかしよく調べたもんだ。ミランダにしか話してねーんだけどなぁ。あ、ミランダって、さきいた酒場の姉ちゃんNPCね」


「声が大きいから他所の客にでも聞こえたんじゃないのか? ちなみに今この場で洗いざらい話せばLODは解除してやる。どうだ」


「そいつはナイスな条件だな。――この糞アマヒュルフが」


 顔を揺らして中指を二本立てるヴェノム。

 おちゃらかすようなマスクもあってか、それは神経を逆なでするには十分なジェスチャーだ。

 現にキャラットの横では、憤怒の形相で今にもヴェノムに食らいつきそうなクライブがいた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る