ACT18 ロローの町にて ―任務―
南国風をイメージしたロローの町。
なんとなくグアムを思わせるが、それはヤシの実などの自然物に目を向けた時だけであり、当然人工物は、電気の恩恵を受けていないファンタジー的オブジェクトで構成されている。
特に白い煉瓦造りの家が多いが、夜ということもあってか、そのほとんどの屋内では、魔法石を使ったカンテラの暖かな灯りが揺らめいていた。
普通だったらプライバシー保護のため鎧戸を閉めているはずで、その灯りもこれほど見えるものではない。
しかし、解放的な町という設定、及び一般家庭も
その一部ではないプレイヤーの一人であるナイトホローが、建物の影に隠れる四人――神薙、アイヴィー、クライブ、キャラットに向かって、その肉厚な唇を開く。
「すでに任務の内容は知ってると思うが、今宵アタシ達は、横流しされた八十二台のモノケロスを購入した奴を捕える。――このヒューマン族のヴェノムという男をな」
副団長が眼前に出していたメニューウインドウから、人物の立体画像を出す。
ゆっくりと回るその三十センチほどに縮小されたヴェノムは、一見して痩躯だ。
茶色いフーデットコートのような防具を着用しているが、武器が見当たらない。
おそらく短剣使いなのだろうと推測したところで、男の顔がアップで表示される。
――っ!
ゾッとした。
なぜならヴェノムの顔には、不気味なマスクが装着されていたからだ。
バツ印の両目。
ホッチキスで乱暴に止められている口。
黒いマスクに蛍光塗料で描かれているのか、浮かび上がるようなそれは滑稽でありながら明確な悪意を感じさせた。
「趣味の悪いハロウィンの仮装みたいだにゃ」
「だな。でも自分の役柄をきちんと理解してそうな感じじゃねえか」
クライブの言った通り、捕えると言ったからには悪人であろうヴェノムには、相応の外見かもしれない。
しかし、悪い役柄を演じると言ってもここまで振り切れるプレイヤーもなかなかいない。
リアルでもあぶない奴だな、こいつは。
神薙はそう推察した。
「アイオロスご用達のハイエナによれば、ヴェノムは〈ジェニュエン〉ではダストだ。よって購入したモノケロスについてどうする気なのか問い質したのち、相応の処置を施すつもりだ。――よし行くぞ。奴のいる場所は分かっている」
ナイトホローが、灯りに照らされたメイン通りのほうへ足を向ける。
クライブとキャラットがその後ろを歩き、最後尾に神薙とアイヴィーが付いた。
するとそのアイヴィーが神薙に話し掛ける。
「ヴェノムっていう奴、あの顔からしてダストだろうなと思っていたけれど、やっぱりそうだったみたいね」
「ああ。ならば副団長の言った通り、相応の処置って奴は必要だろうな」
「是が非でもアンダードッグをさせるのかしら。でもそれって難しいわよね」
アンダードッグとは〈ジェニュエン〉のそれと同様に、降参を意味するものだ。
そしてそのペナルティは『全装備品の没収、及びウェポンスキルの消失』というものであり、〈ジェニュエン〉でも使うはずの武器やスキルがなくなってしまうというのは、プレイヤーにとってかなり厳しい罰と言えた。
しかし、アンダードッグはどこまでも自主的なものであり、他者が強制的に執行できるものではない。
だからこそアイヴィーは難しいと述べたのだろう。
「そうだな。だったら
なぜならば降参は、『全てを出し切ってプレイヤーを倒せ』というゲーム理念に背いているからだ。
よって、正しく『死んだほうがマシだ』を地で行くゲームになっているのだが、それはさて置き、以上を踏まえてナイトホローの言った相応の処置とはつまり――
「副団長のムチ、ね」
「ご名答」
顔を見合わす神薙とアイヴィー。
フォレストエルフの艶やかなシルバーグレイの髪が橙色の灯りを浴びて、神薙のアバターの髪とは似ても似つかない見事な金色を帯びる。
見惚れそうになったこところで、彼女は先を続けた。
「ところでヴェノムはどこにいるのかしらね。副団長はいる場所が分かってるって言ってたけど、もちろん町の外よね?」
「そりゃそうだろう。でないとデュエルができないからな。うまいこと外におびき寄せているんじゃないのか」
〈ワールド〉では、城や町などのいわゆる安息地帯でのデュエルは、いかなる場合においてもできないようになっている。
それはシステム上の仕様であり、例え武器や魔法で他プレイヤーを攻撃しても、一切のダメージもなければ、それに付随する
言わずもがなの基本的な事項。
だからナイトホローはこのまま東の出口から外に出るのかと思ったが、彼女が向かったのはその途中にある一軒の酒場だった。
神薙はもう一度、アイヴィーと視線を交わす。
そして同時に小首を傾げたところで、「え? ええっ、マジっすかっ。俺がやるんスか、それっ?」と驚き戸惑うクライブの声が聞こえた。
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