ACT14 仲良し三人組
ググっと
押す力と引く力が、いつも通り完璧な五分と五分となったところで、フルドローを保つ。
静から動への分岐点。或いは無限の伸び合い。
陽菜はこの瞬間が好きだ。
いつからか見えるようになった光る軌道。
それが不思議で、いつの日か先生に聞いたことがあった。
すると顧問の先生はいつも通りの柔和な顔で「練習の賜物ね。誰もが見えるものじゃないのよ」と言った。
ならばここにいる全員が見えているのかなと思ったけれど結局、陽菜は誰にも光の軌道について聞くことはなかった。
聞かなければ、それが自分だけの特別な能力なのだと思うことができたから。
陽菜は一つ大きく呼吸をし、そしてアローを放つ。
アローは光る軌道をなぞるように飛ぶと、的の中央へと突き刺さる。
そしてリリースからフォロースルーという一連の動作を終えると、後ろから拍手が聞こえた。
同じクラブの仲間だ。
「やっぱり甘城さんはすごいね」
「甘城先輩、憧れてもいいですか?」
「的の真ん中なんて、どうやって当てるのー」
などと称賛と感嘆の声が聞こえてきて、陽菜は謙遜しつつもガッツポーズを取る。
その際、胸中にあったのはちょっぴりの優越感。
それは、『やっぱり光の軌道が見えているのって私だけ?』っていう思いからくるもので――陽菜は皆から見えないところで再び表情を緩ませた。
□■□
「陽菜、おっつー」
「おつかれぇ、陽菜」
クラブ活動を終えて玄関に向かうと、
ショートカットでボーイッシュな夏希。
セミロングでのほほんとした野々花。
そんな二人は陽菜の小学校からの腐れ縁で、常時仲良しゲージMAXのかけがえのない友達だ。
「ごめん、待たせちゃったよね」
陽菜が謝ると、夏希が「まだ時間じゃないし、いいって」とブンブンと手を振る。
次に野々花が「謝るのは遅れたらっていつも言ってるでしょぉ」と微笑んでくれれば、陽菜としてもそれ以上気にする理由もない。
実際、待ち合わせ時間には遅れていないのだけど、アーチェリー部の部室は玄関とは正反対の場所にあるので、いつも陽菜が最後に現れる形になってしまうのだ。
バスケットボール部の夏希も文芸部の野々花も部室が近いからなのか、いつも先に待っていてくれているのだけど、もっとゆっくり着替えとか片づけをしてくれればいいのにと思う陽菜だった。
「もうすぐだな、旅行。天気は晴れみたいだし良かったな」
玄関から外に出たところで夏希が呟く。
彼女のその言葉でそれで、陽菜の思考の全てが静岡旅行にシフトする。
「うん。雨なら雨なりの楽しみ方もあるけど、やっぱり旅行は晴れが一番だよね。あー、うなぎの蒲焼きが早く食べたいよー」
「ふふ、別にうなぎの蒲焼きは雨でも食べれるよ。それよりもやっぱりトロッコ列車だなぁ、私は」
「そうだな、それこそ天気が良くないと満足度半減するだろうしな。ま、うなぎの蒲焼は近所の店で食べれるし、やっぱりトロッコ列車だな」
「近所で食べてどうすんのさっ。うなぎと言えば浜名湖のうなぎなんだよー。プンプン」
陽菜が怒った振りをすると、笑いながらごめんと謝る二人。
そして陽菜も釣られるように相好を崩すと、
脱都の日、様様だよね――。
それを口にしようとして、でも反射的に両手で押さえる。
声にして出したわけではないけれど、漏れ零れるようなそれを塞ぐように。
――俺の父さんと母さんは〈ジェニュエン〉に殺されたんだ。俺はあんな命を軽んじたゲームを作った奴を絶対に許さない――。
錬のその怒りに打ち震えた声が罪悪感を喚起させ、胸を内側から激しく殴打する。
〈ジェニュエン〉があるからこその脱都の日。
その脱都の日に感謝するとはつまり、〈ジェニュエン〉を諸手を挙げて受け入れるということ。
ごめん、錬ちゃん。私ったら……。
「陽菜、気分悪いの? 大丈夫?」
野々花が心配そうな顔をして覗き込んでくる。
陽菜は瞬時に数秒前の自分を取り戻す。
「ううん、大丈夫。くしゃみが出そうになって、でも出なくて、と思ったら出そうで、でも結局でなかったのだ、はは」
「あるあるぅ、それ。ここまできたくせに何だよーって感じだよねぇ」
同調してくれる野々花の顔にはもう、陽菜に対する怪訝を内包した気遣いの念はない。
ほっとしつつ、心中で『心配してくれてありがとう』と述べる陽菜。
「そういえばさ。今日、内のクラスに入ってきたハーフの転校生――」
三人揃って校門の外へ出ようかというところで、そう言葉を発する夏希。
そういえばそんな転校生がいたなと、あの絶世と言っても差し支えない金髪の女子生徒を思い浮かべたところで、夏希の視線を感じた。
「どうしたの?」
夏希が一瞬、目を逸らす。
でもそれはすぐに元の場所に戻ってきて、瞬きせずにこう言った。
「なんかさ、やけに神薙と親しかったんだけど、陽菜の知り合いではないんだよな?」
「え? 全然知り合いじゃないけど……。え? 錬ちゃんと親しくしてたの?」
「あ、親しくっていうか知り合いっぽいっつーか、まあ、普通に話してた」
「そうなんだ。ふぅん」
夏希のそれを聞いて、転校生がヘリコプターから降りたあとの光景が蘇る。
あのとき彼女がロシア語を話したのだけど、それがロシア語だと教えてくれたのは錬だった。
なんでロシア語など知っているのだろうと疑問がずっと沈殿していたのだけど、知り合いであれば合点がいく。
でも一体、どこで知り合ったのだろうか。
夜に電話して聞いてみようかな。
陽菜はそう決めると、到着したバスに乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます