ACT12 転校生


 緊急離発着場ヘリポートマーキング

 神薙の通う高校の西棟の屋上にはそれがあった。

 高層ビルでもないのになぜ? という疑問はさておき、空中でローター音を撒き散らす例のヘリコプターはどうやらそこに着陸するらしい。

 ちなみにそのヘリコプターは見た感じ、軍用ではなく民間のようだ。


 在籍中の間はお目にかかれないと思っていたヘリの着陸を見れるとはと、神薙は屋上にいる全ての生徒と同様に、視線をその航空機へロックオンする。


 すると、


「なんか、お金持ちのお嬢様とか降りてきそうな感じしない? で颯爽とした立ち振る舞いの彼女はサングラスを外してこう言うの。『ここが今度から私が通う学校ね。ハロー、皆さん、宜しくね』って」


 などと口にする陽菜。


「なんだよ、それ。変なドラマの見すぎじゃないのか」


 失笑を浮かべる神薙はしかし、脳裏に妙な引っ掛かりを覚えて眉根を寄せる。

 

 あれ? そういえばあいつ――。


 神薙が、まさか……とその『あいつ』を思い浮かべたとき、着陸したヘリコプターから一人の女性が降り立った。


 カールの掛かった、風になびくブロンドの髪が陽光で煌めく。

 整った眼鼻立ちが構成する雪肌の顔は、正にお人形みたいという陳腐な表現がぴったりで、なるほど美の妖精をアバターにするだけはあるなと、神薙は不覚にも大きく頷いてしまった。

 

 うちの学校の制服を着たその女子生徒は、颯爽とした立ち振る舞いでサングラスを外す。

 そして数多の視線に応えるように、『天使の』だの『聖母の』だのが付きそうな笑顔を振りまくとようやく口を開いた。



「ここが今日から私が通う学校ね。ズドラーストヴィチェ、皆さん、宜しくねっ」



 その瞬間『うおおぉぉッ!!』と、歓声と喚声の入り混じった叫び声が観衆(主に男子生徒)から上がる。

 神薙が、水を得た魚のようなそいつらを白けた目で眺めていると、横に立つ陽菜が「綺麗な人ね」と呟いたのち、こう続けた。


「でも惜しかったなぁ。ねえ、錬ちゃん。あの人が言ってた、『ずっとらとびっちゃぁ』って何語?」


「ロシア語だよ」


 即答する神薙は、アイヴィーがある財閥の娘だということを思い出し、そして大きく嘆息した。



 □■□



「だから東京に引っ越すって言ったじゃない」


 クラス中の視線を一身に集めながらもまるで一顧だにしないアイヴィーは、椅子に座って脚を組むと、そう云った。

 艶めかしい御御おみ足を見せつけてくるようだが、神薙は視線を落とさない。

 これは、見たら負けという勝負事なのだ。


「そうだけどさ。まさか今日、しかもうちの学校だとは思わなかったぞ。お前の学力だったらもっと別の高校だって行けただろうに、なんでまた――」


「あなたがいるからよ、エクサ」


「は?」


 熱を帯びたような眼差しを神薙に向けるアイヴィー。

 一定のリズムだった鼓動に乱れが生じる。 

 それは一体どういう意味なのだろうかと、考えを右往左往と巡らしていると、


「同じ団員が近くにいるほうが何かと便利じゃない。ね」


 アイヴィーは、キュートな笑みを浮かべた。


「そ、そうだな。それもそうだ。うん」


 バカか、俺は。


「どうかした? なんか変だけど」


「いや大丈夫だ。問題ない。と、ところで東京のどこなんだよ。学校の近くか? それともヘリを使うほどの遠距離か?」


「ヘリで来たのは記念すべき転校初日だから。家は少し離れているけど学校と同じ豊島区よ。豊島区のえっと、北大塚。そこに新築で家を建てたのだけど、新潟の家よりちょっと狭いかしらね」


「……ちょっと、ねぇ」


 記念すべき転校初日だからと言って、ヘリコプターで登校する酔狂な奴はお前くらいだというツッコミはさて置き。


 神薙は過去に一度、数人の団員と共にその新潟の家に遊びに行ったことがあるが、あれは一言で言えば『お屋敷』だった。

 しかも、この学校と同じくらいの敷地面積に建ち、使用人が五十人くらいいるという補足付きの。


 そんな超巨大なお屋敷よりちょっと狭いということは、広大なお屋敷なのだろう。

 なんにせよ、2LDKのマンションに住む神薙には嫉妬心を抱くのもおこがましい広さであり、興味は瞬く間に失せた。 


 そこでチャイムが鳴り、アイヴィーが席を立つ。

 帰りのホームルームのために自分の教室に戻るらしい。


 それはそうと、こいつは一体なんのために俺の教室に来たのだろうか。

 と疑問が頭上を浮遊したところで、そのロシアフェイスの日本人はこちらに首を捻った。


「あ、そうだエクサ。今日このあと渋谷区に一緒に行かない? えっと……ほら、例の件で。キャラットとクライブにも声を掛けてあるわ」


 ――例の件。

 十中八九、四日後に迫った開放日リリース・デイのための下見だろう。

 それをこの場で口にしなかったのは適切な判断だが、ならばなぜ、こちらには配慮が行き届かないのだろうか。


 神薙はアイヴィーの耳元に口を寄せ、彼女にしか聞こえない声を届ける。


「分かった。俺も行こう。それと学校では俺をエクサと呼ぶな。神薙にしろ」


「あら。あっちEAOで間違えて本名で呼ばないためにも、普段からプレイヤーネームPNのほうがいいんじゃない? 現にそうしてるじゃない」


「学校は別だ。なんでエクサなのって聞かれても困るし、答えようがない」


「……まあ、確かにそうね。分かったわ。エ――神薙君」


 そして手をひらひらさせて去っていくアイヴィー。 

 

 彼女の後姿を見届けたところで、自分もアイヴィーのことを学校では本名のほうで呼ばねばならないと気づく神薙。

 

 ところでアイヴィーの本名は水無瀬みなせイーヴァだ。

 さて、『水無瀬』が『イーヴァ』のどっちで呼ぶべきかと悩み始めたところで、神薙は周囲(男子生徒)からのゾワリとする視線を感じた。


 その視線の意味するところは口にするまでもない。 

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