ACT11 屋上
『移動』という手段の排除。
それは
例えば仕事の会議などは排除対象の最たるものであり、今ではほとんどの企業がVR会議室を設けて、そこで打ち合わせや他企業の営業マンとのやり取りを行っていた。
国内だけでなく、国外の人間とも自宅にいながら会議できるのだから、その効率の良さは言うまでもない。
もちろん会議だけではなく、先日、咲が勉強してきた学習塾なども今では仮想空間での営業店舗のほうが多いと聞く。
それもそうだろう。
賃貸料を払う必要もなく、その他諸費用の大幅な削減が可能なのだから。
ところで、映画館や博物館、そしてスポーツ施設など、広大な敷地を使用するアミューズメント・レジャー業界などもその動きに追随していて、二年前には、とうとうラビットファンタジアなる広大なテーマパークが仮想空間で営業を開始した。
そんなラビットファンタジアに近々行くことになっている事実はさて置き。
つまり、VRで済むものはVRへの移行が当たり前となっているのに、どうして先陣を切ってVR化しなきゃいけないものが未だに現実に存在しているのかという何度目かの疑問を抱いたところで、そのチャイムは鳴った。
キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……。
タイミングよく腹が鳴る。
さっさとVR化してほしい学校でのお昼の時間がやってきた。
□■■
「人と人とのふれあいは、現実世界だからこそ意味があるんだよっ」
屋上でアンパンを一齧りしたところで、となりに座る陽菜が声高に叫ぶ。
その彼女は幼馴染であると同時に、昼飯時の相方だ。
学校なんて早くVR化してしまえばいいんだというそれを口にしたら、声を張り上げたわけだが、ご飯粒を正確に顔に飛ばすのは止めてほしい。
「まるでVRでのふれあいには何の意味もない言い方だな。生身かアバターかの違いだけだろ」
「その違いが大きいんだけどなー。だってアバターのときって、何もかもが現実じゃないって理解しているわけじゃん。まあ、意味がないっていうのは言い過ぎたけど、温かみはないような気がする」
陽菜がやたらと大きなおにぎりに齧り付く。
その栄養分のほとんどが胸に集約されているんじゃないのかと思う神薙。
しかし口にするのはアンパンであり、決してそのセクハラ文言ではない。
「いや、でも最近のVRは体性感覚に相当、力いれているから、当然、温覚だってリアルのそれとほとんど変わらないぞ。まあ、あんまり熱いのは痛覚扱いされるから無理だけどな」
「そーゆー温かみとは違うんですけど」そこで陽菜が、遠くを見るようなまなざしを空へと向ける。「……学校は私の思っているその温かみをたくさん享受できる場所。だからVR化なんて絶対やだな」
「そうか」
「うん」
陽菜に
自衛隊かテレビ局の報道ヘリだろうと適当に答えを導き出したとき、「あ、そうだ」と陽菜が手を叩いた。
「どうした?」
「ほら、私、脱都の日を使って友達と静岡に行くって言ったでしょ? 旅のしおりがあるんだけど見てみる?」
「旅のしおりって、わざわざ作ったのかよ。……ん? 友達って家族とじゃないのか?」
「え? 友達って言わなかったっけ? あ、それと旅のしおりは〈いるかツーリスト〉に貰ったんだよ。リンクして見せてあげるね」
「あ、ああ」
陽菜が人差し指の〈bリング〉の指紋認証を始める。
ホーム画面から、旅のしおりのデータを呼び出すのだろう。
てっきり家族で車に乗って行くと思っていたのだが、友達とバスツアーだとは思わなかった。
〈いるかツーリスト〉というバスツアー会社を信用していなわけではないが、抱いていた安心感に僅かに亀裂が入る。
とはいえ今時、高校生だけの一泊旅行なんて珍しくもないだろう。
神薙はそう思うことにして、にょきっと顔を出した案じ事を胸の奥に再び押し込んだ。
「えっと、リンク先を錬ちゃんにしてリモートをONにして……はい、これが旅のしおりだよ」
「ん、どれどれ。――って、この近さ必要か」
「なんか一緒に観てる感があっていいじゃん。え? やだの?」
「いや、別に」
なんの迷いもなく肩を寄せるようにして密着してくる、幼稚園からのお知り合い。
幼馴染の特権と言えば聞こえはいいが、どうにもフランク過ぎて複雑な心境が胸中を過る。
『俺達、もう高校生なんだぜ。もっとお互い異性として意識しようぜ、ベイビー』などとおちゃらけた自分が出てくるが、全くもって自分らしくないので当然、言葉には変換しなかった。
「女子会って一度やってみたかったんだ。最初は誰かの家でかなーと思っていたんだけど、まさか旅行先でするとは思わなかったよ」
「女子会?」
散漫だった意識が、宙に浮かぶ旅のしおりに向けられる。
その表紙には、【女子だけプラン。脱都の日を使って女子会しちゃおっ♪】と書いてあり、更に下には仲良さげにしている三人の女の子が描かれていた。
それからは、嬉々とした陽菜のマシンガントークは延々と続き――。
やがて『微笑ましいゲージ』を『ウザいゲージ』が二ポイントほど超えたところで、ようやく彼女は口をクローズした。
しかしすぐに開いた。
「錬ちゃんは誰と行くの? またおばあちゃんと咲ちゃん?」
「え? ま、まあそうだな。でも俺もたまにはバスツアーがいいなー。あ、友達いなかったわ、俺。はは」
ちょっとした不意打ち。
ゆえに冷静さを欠いた神薙は余計なことまでを口にする。
そんな神薙をじっと見つめる陽菜は、あっけらかんとこう言い放つのだった。
「じゃあ、来月の脱都の日は私と一緒にバスツアーでどっか行こうよ」
「ごふっ!」
今しがた飲み込んだアンパンが、立ち入っちゃいけない気管に侵入する。
――お前、それがどういう意味か分かってんのか。
さすがにそれは口にしてやろうと思ったその時、上空が急に騒がしくなる。
見上げるとそこには、先ほど見かけたヘリコプターがホバリングしていた。
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