ACT10 グランルクス城 ―パカパカー―
グランルクス城を出ると、橙色を強調する夕焼けが見えた。
その向こうでは、雲の隙間から零れる幾筋の光の間を縫うように、渡り鳥が飛んでいる。
目を奪われるほどの神秘的な光景。
仮想世界とは思えない、しかし仮想世界だからこそ見れるそれは、現実世界では決して感受することのできない破格の感動を与えてくれる。
「いつも会議のあと、この景色に見惚れているわよね」
「アイヴィーか」
銀髪を風にそよがせるエルフが、神薙の横に立つ。
見向くと彼女は「ま、私もだけどね」と相好を崩した。
「
「止めなさい、現実世界の在り様に疑問を抱くのは。現実は現実。仮装は仮想。この線引きができないと、あっという間にVR廃人になるわよ」
「はいはい。ったく、耳タコだぜ、それ」
「だって、あなた――」
アイヴィーはそこまで言って、そのあとの言葉を飲み込む。
神薙は彼女が何を口にしようとしたのか鋭敏に察したが、その先を促すようなことはしなかった。
それはとても無意味なことだから。
「しっかし医療や学習よりゲームにお金を掛けるって、日本っておかしな国だよな。VR技術の使い方、どうしてそうなった!? って感じ?」
神薙は明るく務めて、聞いてみる。
するとアイヴィーは「オタクの国だからしょうがないじゃない」とにべもなく返すと「そういえば先日の大規模PvPで――」と鮮やかに話題を変えた。
その様は、気を使った自分がバカに思えるほどだった。
アイヴィーの話を要約すれば、三日前、〈ゴルゴダの村〉全域を使用した大規模PvP〈
眼前のメニューウインドウから【アイテム/武器】の項目にタッチするアイヴィー。
次に、開いた
青鷺火とは鳥なのだろう。
その洋弓はリムの部分に青い羽の装飾が施されていた。
そこはかとなく良質な武器の香りがするが、ランキング二位でゲットしたらならば実際、レアアイテムなのだろう。
「これが青鷺火の弓。武器レベルは35。デザインが洗練されていてオシャレよね。とっても女性に似合いそうな感じ」
アイヴィーが青鷺火の弓を手に取って、うっとりとした目つきで眺める。
レベル35と言えば、神薙の所有している桜蒼丸より6も高い。
しかし、トロフィー品は成長しないユニーク武器ということもあり、決してメインで使い続けることのできないお遊び品とも揶揄されていた。
「だったら使えばいいんじゃないか。弓は〈ワールド〉だと正直使い勝手が悪いが」
「そこなのよね。〈ワールド〉のデュエルで使いずらいのがちょっと、ね。ほら、やっぱりデュエルは近接戦に限るじゃない?」
じゃあ、なんで弓の扱いに補正が付くフォレストエルフにしてんだよと突っ込みたくなる神薙だが、それを口にすることはない。
アイヴィーのイメージに最も近い種族であるのは神薙も承知であるし、当の彼女もそう思っているからこそ森エルフなのだろうから。
「じゃあ、どうすんだよ、その弓。……売るのか?」
「そうする予定。ただその前に、内のメンバーで使ってみたいっていう人がいたら貸してあげようかなって思ってる。ということで、エクサ、どう?」
「俺? 俺もそうだな、遠慮してお――いや、待て」
「何、借りるの?」
「あ、ああ。少し興味が沸いてきたから借りてみようかな」
「ふぅん。意外ねぇ。弓なんて私より興味がなさそうなのに」
不思議そうな顔を浮かべるアイヴィーが、【アイテム譲渡】をタッチ。
そして【フレンドリスト】から、譲渡先である【エクサ】を見つけると再び画面に触れた。
これで神薙のストレージに青鷺火の弓が入ったはずだ。
「サンキュー」
「レンタル料金は、日本円で一日三千円よ」
「って、リアルマネー取るのかよっ。しかも高ッ」
「嘘よ。飽きた時にでも返してくれればいいわ。じゃあ私は帰るわね。リアルで引っ越しの準備があって大変なんだから」
「お前、引っ越すのか? ……え? ロシア?」
「そんなわけないじゃない。ロシアの血が流れているからってロシアってちょっと短絡的すぎない? 東京よ。近いほうがいいから」
近いほうがいいというのは、〈ジェニュエン〉を対象として述べたのは間違いないだろう。
アイヴィーは新潟のほうに住んでいると記憶しているが、確かに毎月の東京出張は辛い。
ほかの団員がほぼ東京、或いは隣接する県に住んでいるのに――と疎外感を抱いていた節があった彼女だが、ようやくその虚しさから解放されるようだ。
ところで東京のどこなのだろうか。
それを聞こうとした神薙だが、アイヴィーはすでにログアウトを開始していた。
「
バカにされているようなロシア語の挨拶を残して、そして彼女は〈ワールド〉から姿を消したのだった。
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