ACT08 グランルクス城 ―仲間―


 氷の槍が三本、神薙目掛けて飛んでくる。

 僅かに青色を見せる周囲の大気。

 それは、マイナス200度近くであることを物語る脅威の冷気。

 体が触れれば確実に凍る—―。


 迫る第一波。

 神薙は愛刀、桜蒼丸をグッと握りしめると、肩から斜めに斬りおろす。

 刹那、第二波を右薙ぎで払うと、最後の三波目の軌道を左斬り上げでずらした。


 エルフへの進行を阻むものはもうない。

 神薙は走る勢いを落とさずに、そのまま水月狙いの刺突を繰り出した。


「はぁっ!」


 しかし、すんでのところでエルフが上空へと退避。

 背後で着地の音が聞こえ、神薙は振り向きざまに刀を振るった。


 キィンッと甲高い音が鳴る。

 エルフが振り下ろすレイピアとぶつかったのだ。

 Xを形作る刀と細剣を挟んで、視線をぶつけ合う神薙とエルフ。


「〈ジェニュエン〉だったら死んでたぞ、アイヴィー。MRであの跳躍はできない」


「ここがVRの〈ワールド〉だからしたのよ、エクサ。〈ジェニュエン〉だったらもっと簡単な方法で避けていたわ」


「だったら俺の掌底が刀だったら死んでたんじゃないのか」


「刀を振るう隙は作らせていないわ。掌底は織り込み済み」


「そもそも奇襲はずるい。真正面からくれば俺の〈桜華一閃〉で一瞬の内に終わってる」


「油断しているからこその奇襲。真正面だったら私の〈氷帝突きタルジュ・エンペラー〉ですぐにの世行きね」


「なるほど。どうしても負けは認めたくないらしいな」


「当ったり前じゃない。だって負けてはいなのだから」


 神薙とアイヴィーは同時に笑みを浮かべ、距離を取る。

 そこでお互い武器を仕舞い、ようやく半ば恒例となりつつある会議の前の汗流しが終わりを告げた。


 アイヴィー。

 焔騎士団の一員にして神薙が最も気が置けない女性。

〈ワールド〉のアバター、及び〈ジェニュエン〉での拡張キャラクターはフォレストエルフであり、焔騎士団の中では唯一だ。

 

 ちなみにリアルのアイヴィーは日本人とロシア人のハーフであり、誰もが二度見するほどの絵画的な美しさを兼ね備えていた。

 実のところ神薙も初めて会ったときに二度見してしまい、それをネタにアイヴィーは今でも「エクサは私のこと好きなのよね」とからかってくる始末だった。


「二週間ぶりかしらね、団長が会議の招集をかけるのは」


 アイヴィーが腰に手をやり、グランルクス城にエメラルドグリーンの瞳を向ける。


「ああ、確かあのときはお前の十八歳の誕生日パーティーをしたんだったな」


「十七歳よ、バカ。女性にとって年齢一つは大きいのよ。普通に間違えないでくれるかしら。大体、あなたとタメじゃない」


「……ごめん。ところで今日の会議はやっぱりあれだよな」


「でしょうね。――五日後に迫った開放日リリース・デイ。そのための初回会議。タイミング的にはそれしかないわ」


 焔騎士団の会議には二種類ある。

 一つ目が〈ジェニュエン〉開始一時間前の直前会議。

 そしてもう一つが、リリース・デイの三日前から七日前の間で行われれる初回会議だ。

 初回会議の日程設定に五日も幅があるのは、十二人いる団員のリアルでの都合を考慮してのことだった。


十中八九、積極的殺人者ダストについての話だろう。

誰がどのダストを討伐するかという――。


「エ~クにゃんっ。とアイヴィーにゃん」


「よぉ、お前ら来てたか」


 グランルクス城に入ろうかというところで、男女の声が後ろから聞こえた。

 

 そこにはキャミソールにローライズパンツ、そしてマントを羽織った、軽装備の小柄な猫の獣人アニマライト

 そして対照的に、威圧的な紺色のヘビーメイルを着用した大柄な虎のアニマライトがいた。


「キャラットにクライブ。今来たところか」


「城に来たのはな。さっきまでずっとこいつと二人で〈岩奬がんしょうの回廊〉に行ってたんだが、聞いて驚けお前ら。とうとう俺の愛剣ブレイズセイバーが、最強と名高いサラマンダーのエレメントを取り込んだぜ」


 クライブが背中から一本の大剣を引き抜く。

 ブレード部がマグマのように赤黒い。

 仮に斬られでもしたら、切り傷どころか体の内部から燃え盛り、またたく間に消し炭になりそうだ。


「と、まるで自分が〈岩奬がんしょうの回廊〉のボス〈猛炎と嘆きの騎士王〉を倒したかのように得意満面のクライブだけど、奴を倒したのはこのキャラなのにゃ。ズバッとな」


 両手の鉤爪で虚空を切り刻むキャロット。


「待て待て、倒したのはお前だけど、奴のHPゲージをレッドゾーンまで持っていったのは俺だろ。だから得意満面だっていいんだよっ」


「分かったにゃ。そこは千歩譲るにゃ。でもレアアイテムであるサラマンダーのエレメントを一発で手に入れられたのは、〈幸運値ラック〉の高いキャラがパーティーにいたおかげにゃ。そこは譲れないのにゃっ」


「……ああ、感謝してるよ。お前がアホみたいに〈ラック〉を上げるキシャの実を食ってるおかげだな。アホみたいにさ」


「にゃっ!? アホとかっ! しかも二回っ。クライブ、今すぐエレメントを返すにゃああああ」


「返すってなんだよっ。ドロップさせたのは俺だし、お前には猫に小判みたいなもんだろうが。――って俺、今、うまいこと言ったっ」


「返すにゃあああ。売っぱらってキシャの実買うから今すぐ渡すにゃああああ」


 逃げるクライブを追い駆け回すキャロット。

 その追い駆けっこシーンを見て、アニメやゲームでよくあるシチュエーションのようだな失笑する神薙は、そういえば今いるこの世界がゲームであることを思い出すのだった。


 キャラットとクライブはなんだかんだ言って仲がいいのだろう。

〈ワールド〉内ではよく二人で共に行動をしている。

 同じアニマライトだから仲がよくなったのか、はたまた元々リアルで仲がいいから同じアニマライトにしたのか、神薙はどっちだったか忘れてしまった。

 

 ところで、二人は十七歳である神薙とアイヴィーより年上だ。

 確かクライブが十九歳で、キャロットが十八歳。

 背が高くて体格がよく、且つはっきりした顔立ちのクライブは年相応だが、くりんとした瞳でショートカットの、見た目中学生としか思えないキャロットが年上(一つ先輩)だと発覚したときは、アイヴィーと一緒に驚いたものだ。

 

 それはそうと〈焔騎士団〉に属する者は、種族は違えど基本的にリアルのイメージをそのままアバターに反映している。

 その点ではキャロットが一番、自分というものを心得ているかもしれない。


 ちなみに神薙の種族は人間ヒューマン。 

 そしてエクサというプレイヤーネームは、鍛錬の訳がエクササイズと勘違いし、そこからカッコいいという理由でエクサだけをとって付けたものだった。


 鍛錬の英訳がトレーニングだと知ったのは、〈焔騎士団〉に自己紹介したあとだった。 

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