ACT07 グランルクス城 ―ワールド―


 異世界ファンタジー。

 それは基本、中世ヨーロッパの原風景を壮大な空想で脚色したものだ。

 例えばゲームであれば、それは七十年も前に発売されたドットで描く2Dゲームの頃から始まる王道であり、ある種の伝統とも言えた。


 無論、〈EAО/ワールド〉もその伝統を踏襲していて、誰もが思い描く異世界ファンタジーがそこにはあった。


 幻想的な花が咲き乱れる平原に、深淵、或いは荘厳を思わせる広大な森。

 天を衝くような神々しい山々に、巨大な恒星が浮かぶにごりのない蒼天。

 点在する村々と都市を繋ぐ数多の街道に、己の力を誇示するような厳めしい城の数々。

 そしてモンスターと魔法の存在――。


 プレイヤー対プレイヤーPvPがメインゆえに対モンスターはそれほど重視されていないが、〈ワールド〉はれっきとした異世界ファンタジーなのだ。


 神薙は撫でるように通り過ぎていく涼風を感じながら、視線を自分の体に向ける。

 今更、仮想空間のリアルさに感嘆するわけではなく、装備品がセットされているかの確認だった。


〈EAО/ジェニュエン〉の時と同じ、メカニカルなサイボーグを思わせる群青色のライトアーマー。

 プロのアイテムクリエイターに、近未来的な忍者をイメージして作成してもらったのだが、仲間の団員達からは刀である桜蒼おうそう丸に合っていると、おおむね好評だ。


 ところで、〈ジェニュエン〉でも〈ワールド〉でも、神薙の体を覆う仮想防具であるが、やはり自身も含めて全て仮想である〈ワールド〉のほうが、ややしっくりしている感はある。

 

 「さてと」


 神薙は目の前にそびえたつ廃城を見上げた。

 

 名前はグランルクス城。

 ドイツの有名なノイシュヴァンシュタイン城を少し小さくしたような感じであり、それは去年の夏にアイオロスが購入したものだ。

 仲間達との会議の時にいつも使っているアジトなのだが、ほぼそのためだけに買ったようなものであり、ゲーム内通貨(キーカ)の無駄遣いではというのが団員達の統一見解でもあった。

 

 ――広間にある円卓がいい雰囲気なんだ。アーサー王物語が好きなんでね――


 アイオロスのめったに見せない柔和な顔を思い浮かべる。

 彼にとっては、その一点だけで手に入れる価値のある城だったのだろう。


 その時だった。

 背後に殺気を感じたのは。


「――ッ!?」


 神薙は地を蹴って左方へと飛び退く。 

 刹那、立っていた場所に閃光の塊がぶつかり、地面が爆ぜる。

 爆風により視界が遮られる中、自身に向かって再び閃光が飛来してくるのを神薙は両目で捉えた。


青の障壁ブルーウォール


 膝を付いたまま、盾の指輪シールドリングを装備した右手を前に出す。

 そのガードスキルの名を唱え終えた時、半円を描く魔法障壁が文字通り壁となって閃光の直撃を間一髪のところで防いだ。


 相殺される〈ブルーウォール〉。

 ――と、土煙で曖昧となった視界の中心から、レイピアの切っ先がぬっと迫りくる。

 バックステップで距離をとり、その突きをかわす神薙。

 同時に鞘から刀を抜いた神薙は追撃に備える。


「はああぁッ」


 姿を表すエネミー


 長く艶やかな銀色の髪。

 はねのように横に尖った耳。

 新雪のごとき澄徹せいちょうな白い肌。

 美としなやかさを兼ね備えた体躯。

 


 そんな、優美且つ勇壮を思わせる薄紅色のドレスアーマーに身を包んだエルフが、一切の躊躇なく神薙に闘気を放出する。


 神薙は後方に下がりながら、エルフによる変則的な連続攻撃を防ぐ。

 一振りごとに火花が散っては、また新たな閃爍せんしゃくが金属音と共に発生する。

 それは、でたらめに叩いている体鳴楽器のような連続音。


 そのとき、大振りな攻撃を外したエルフに隙が生じる。

 神薙はそれを見逃さない。

 左手による掌底打ちをそのエルフの右肩へと繰り出す。


「ぐっ!」


 顔を歪めて後ずさるエルフ。

 VRである〈ワールド〉に痛みの概念はない。

 ゆえにその表情は、痛みからではなく攻撃を食らってしまったという不覚の念からくるものだろう。

 

 ところで、これでもう終わりだろうと神薙は思いたかった。

 のだが、彼女にそのつもりは全くないらしく、後方に思いっきり飛び退くとウェポンスキル発動の体勢へと入った。


 ……ったく、しょうがない奴だ。


 神薙は目を瞑り、乱れた精神を整える。


「――氷槍タルジュ・ランスッ!!」


 エルフがウェポンスキルの名を叫び、レイピアを三度、前に突き出す。

 刹那、目を見開いた神薙は彼女に向かって駆けた。

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