ACT05 幼馴染
「
青天井に流れる高積雲の塊。
羊のようなそれから、一体どれだけのウールが取れるだろうかと考えていたとき、その声は背後から聞こえた。
幼馴染の
同級生の中では、かなり子供っぽい顔の陽菜。
ふんわりボブカットもあって、尚更そう見える。
しかしその愛らしい童顔とは裏腹に、体はけっこう大人だ。
中学のときはそうでもなかったが、高校に入って
陽菜は神薙と目を合わせると、相好を崩す。
すると彼女は、大人な部位を揺らしながら小走りでやってきた。
「どうかしたのか――ぶッ!?」
陽菜の靴の裏が神薙の顔に乗る。
勢いが付いていたので、けっこう痛い。
「おっぱいばっかり見るな蹴り」
「っんだよ、それ。いつつ……ん?」
陽菜が足を上げたので、不可抗力でパンツが目に入った。
女子力が上がりそうな薄いピンク色のやつだった。
神薙は咳払いをして立ち上がる。
「良かったよー、屋上にいて。でも錬ちゃんって放課後になるとよく屋上にいるよね。なんで? もしかしてスナイパー?」
パンツまでも見られたことを露知らずの陽菜が、エアスナイパーライフルを構えて「バーンバーン」と声を出す。
すると短銃でもないのに、エア銃口にふぅと息を吹きかけた。
「寝っ転がって雲をぼんやりと眺められるからだ。……好きなんだよ、心穏やかにゆっくりとした時の流れを感じることができて」
「ふーん。私だったら、あの雲はモンブランだー、この雲はチーズケーキだー、その雲はミルフィーユだーって心が忙しなくなっちゃうけどね、へへ」
無邪気な笑みを浮かべる陽菜。
「ところで、俺に用があって来たんだろ? 何の用だよ?」
「うん。えっとね……」陽菜はバッグから一枚の紙を取り出すと、「はい、〈
「じゃあ、明日でいいだろ」
神薙は受け取ったそれを適当に眺めたのちに乱暴にポケットに突っ込む。
どうせ書いてあることは、ほぼ同じ。
リリース・デイ及びその次の日を含めた脱都の日に、地方への旅行を促す内容だろう。
レイアウトが変わっただけで新年度版を出す旅行雑誌みたいなものだ。
「あと五日だね、リリース・デイ。――本当、慣れないな、私」
ふと、陽菜の顔に影が落ちる。
普段突き抜けて明るいこともあり、尚更その色は濃く見えた。
「慣れる必要なんてないんじゃないか。そっちのほうがおそらく正常なんだから」
「まあ、そうなんだけどね」
「……ところで、今月の脱都の日はどうするんだ? 月曜と火曜が休みだったはずだが、どこか出かけるのか?」
陽菜の表情に光が差し込む。
影はすっかり消えて、舞い戻ってきたいつもの笑顔。
この単純さを愛らしいと思ってしまったのは何度目だろうか。
多分……数十回。
「もちのロンの
「どんだけ、うなぎの蒲焼き食べたいんだよ」
「錬ちゃんも出かけるんだよね? どこに行くのかな? 静岡?」
陽菜が上目使いで神薙を覗き込む。
静岡だったら一緒に行こうよとでもいいたげな感じだ。
神薙は目を背けると、あらかじめ用意しておいた答えを述べる。
「栃木県のさ……那須のほうだよ」
「栃木県産のナス?」
「いや違くて、栃木県にある那須高原や那須ハイランドパークだったり、あと、りんどう湖ファミリー牧場とかそんな感じ」
「へーいいじゃんっ。……でも良かった。錬ちゃんがちゃんと地方創生のために行動してくれて。よしよし、キミは私の自慢の幼馴染なのだ」
背伸びして俺の頭をなでる陽菜。
香水の匂いが鼻をくすぐる。
なんだかとても甘い香りだった。
神薙が何を言ったものかと言葉を詰まらせていると、陽菜は「じゃあ、部活あるから私は戻るね」と
そしてドアを開けたところで振り返り、神薙に向けて弓を放つ姿勢をとる。
「それとおっぱいばかり見ちゃ駄目なんだからねー。まだ触らせません。バンッ」
そしてエア矢を放つと、今度こそ去って行った。
「さ――っ! ……見られたくないなら、そんなに大きくさせるなよな」
神薙はそして心中で呟く。
嘘ついてごめん、陽菜。
俺のリリース・デイの過ごし方は決まってんだよ。
もう一年も前からずっと――。
そのとき、人差し指に嵌めてある〈
それは焔騎士団の団長アイオロスからの着信を意味する色。
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