ACT04 品川区でのとあるデュエル ―焔騎士―


 一時の喧噪はやがて去り、再び静けさが夜を支配する。

  

 軽鎧の男のそばで、〈デス・メイ・クライ〉の三人が倒れている。

 誰もがデッドマンであり、現実的な死には至っていない。

 激痛に悶える声が聞こえるが、やがてゲームオーバーと同時にその痛みは消えるだろう。


 因果応報。

 個人的には、〈デス・メイ・クライ〉の連中にはリアルな死を与えてもいいと思っているのだが、軽鎧の男にその一線を越える素振りはない。

 憎悪を内包したわだかまりを抱きつつも傍観者に徹するほかないタカダは、さきほど目にしてしまった軽鎧の男の剣捌きを思い出す。


 柳のようにしなやかな体で表現される、鮮やかにして流れるような立ち振る舞い。

 それは〈デス・メイ・クライ〉達の力任せの攻撃とは別次元の、美しさを兼ね備えたものだった。


「この野郎、やるじゃねぇか。しかしこいつらはまだまだ〈ジェニュエン〉での経験が浅い。俺はこう簡単にはいかねぇぞ」


 今の一幕を見たというのに、臆した様子のない顎鬚の男。

 一方、軽鎧の男はというと、やれやれといったていで頭を抱えていた。


「これだからバカは困る。分かりやすいように見せてやったはずなんだがな」


「何をだ――よッ! がああああああッ!!」


 吠える顎髭の男が大剣を頭上に上げて、軽鎧の男に猪突猛進。

 そして豪快に振り下ろす。

 しかしそこに軽鎧の男はいない。

 彼は軽やかな動きで、黒騎士の背後へと回っていた。


「格の違いに決まっているだろ。お前が俺に勝てるなんてことは、万に一つもない」


 顎鬚の男の顔が、憤怒の色に染め上げられる。


「ずあああああああああああああッ!!」


 我を失ったかのように、大剣を上下左右と振り回す〈デス・メイ・クライ〉のリーダー。

 しかしそれは虚空を切り刻むだけで、完全なる徒労。


 軽鎧の男はその全てをかわし、受け流していたのだ。


 百パーセント電子の世界である、仮想現実VR(ヴァーチャル・リアリティ)内での戦闘ならまだ分かる。

 しかし自らの身体能力に完全に準拠する複合現実MRで、これほどまでに華麗にパリィを行うなどタカダには考えられなかった。


 ただ、何度か見たことはあった。

 ライブ中継ではなく録画放送だが、眼前の軽鎧の男に匹敵するような強さのプレイヤーを。


「おい、どうした? 早く当ててみろ。経験豊富なんだろ」


「ふんがああああああああっ! なぁめやがってええええッ!! こいつを食らいやがれッ!! ――闇の暴爆破ダークネス・エクスプロージョンッ!!」


 顎鬚の男が大剣を地面に突き刺す。

 その瞬間、地面が火ぶくれしたように膨れ上がり、やがて爆発した。

 

 飛び散る石礫いしつぶてのオブジェクトが数個、タカダへ当たる。

 それは電気信号として脳へと送られたのち、脳内回路で相応の痛みに変換された。

 しかし痛がっている暇などない。


 その目に焼き付けたかったのだ。

 顎鬚の男のウェポンスキルを難なく避けた、軽鎧の男の最後の一撃を。


 爆発で発生した光で、軽鎧の男の端正でありながら幼い顔立ちが露わとなる。

 金色の髪が揺れ、コバルトブルーの軽鎧がその姿を鮮明にし――

 その右肩には、ほむらという文字を囲む円卓の紋章が見えた。

 

 それは疑うことなく、強者である証。



桜華一閃おうか いっせん



 焔騎士が刀を振るう。

 闇が切り裂かれ、桜の花びらが舞い散った。



 ~エラゴンアーク・オブ・東京23区~



 □■□

 


【2038年】

 五感を仮想空間へと接続して、脳から出力される信号でプレイするゲーム、フルダイブ型仮想現実大規模多人数オンラインVRMMOが成熟期へと入る。


【2040年】

 アメリカのシャイニング社が対人戦に特化したフルダイブ型VRMMO、〈エラゴンアーク・オンラインEAO/ワールド〉を発売。異世界ファンタジーで対人戦に特化するというその斬新性から、爆発的な売り上げを記録する。同時期、技術提携契約している日本の一角いっかく社が、屋外での超広範囲MR構築の実験に成功。


【2042年】

 アメリカと中国の冷戦に端を発した世界大恐慌により日本の経済は崩壊。現政権が追いやられ無政府状態となったあと、国民の後押しもあり、経済再生強硬派の野党連合〈朝陽の國〉による統治が開始される。


【2043年】

 一年前の大恐慌で破綻に追い込まれたシャイニング社を一角社が吸収合併。〈ワールド〉の運営に関わる全てを引き継ぐと同時に、〈朝陽の國〉の支援でMR版の制作を本格開始。


【2047年】

〈ワールド〉の世界観を踏襲したMRMMO〈EAО/ジェニュエン〉のベータ版が開始。東京二十三区の一区をまるごと使うという暴挙、及び命を落とすこともある仕様に多方面から非難の声が上がるが、〈朝陽の國〉は強行。そこで行われるデュエルはドローンを介してライブ中継され、世界中に熱狂的なファンを生み出すことに成功する。結果、確実に経済効果が期待できるとして〈ジェニュエン〉の発売を決定。この決定はのちに悪魔の英断と呼ばれる。


【2048年】

 二ヶ月に一度、その月の二十日を〈開放日リリース・デイ〉として〈ジェニュエン〉を一年間継続。その結果、〈朝陽の國〉は仮に国営化した場合、赤字国債の発行をせずに国の再建が可能と試算する。この年、〈ジェニュエン〉はeスポーツという位置づけとなる。


【2049年】

〈朝陽の國〉は一角社を国営化。二ヶ月に一回だった〈リリース・デイ〉を月に一度に変更。内閣府に新設された複合現実管理局により、〈ワールド〉及び〈ジェニュエン〉の本格的な運営が始まる。


【2051年】

 焔騎士団、誕生。



 

 真の愛国者である彼らプレイヤーに最大級の敬意を。


〈朝陽の國〉代表、久瀬正臣くぜまさおみ。 

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