ACT03 品川区でのとあるデュエル ―軽鎧の男― 


「それを言うなら、ヴァハラじゃなかったか」


 呆然とするタカダの左、古井戸の奥から聞こえる声。

 その声の主が悠然とした歩みでこちらへとやってくる。

 

 頭上にある、巨大な衛星ラースからの発光エフェクトがその人物を照らすが、はっきりと視認することはできない。

 ただ、軽鎧をまとった線の細い男であることは分かった。


「……てめぇがドロノバを攻撃したのか?」


 顎髭の男が眉間に皺を寄せる。

 ドロノバと言えば、三割ほどあった二本目のHPゲージを全てなくし、一本目のゲージを二十パーセントほど減らす状態となっていた。


 リアルとさほど遜色のない疑似痛覚が、斬られた上半身を襲っているだろう。

 ドロノバは膝を付き胸を押さえ、「ぐぐぅッ」と呻き声を上げながら痩躯の男を睨み付けている。


「ああ。うまく当たってよかった」


 軽鎧の男の右手には剣が握られている。

 おそらく遠くから遠距離系のウェポンスキルを発動させて、ドロノバを狙ったに違いない。

 

 いや、あれは……剣じゃない? まるで――


「よかったじゃねぇよ、こら。てめぇは俺の仲間を傷つけた。生きて〈ジェニュエン〉からログアウト出来ると思うなよ」


「ふん。まるっきり悪人だな、そのセリフ。……まあ、実際悪人か。ここで人殺しをしているんだからな」


「あ? 何言ってんだお前。〈ジェニュエン〉での人殺しは許されているだろうが」


「何言ってんだはお前だろ。『原則、人を殺してはならない』と規約に明記されているのを読んでいないのか?」


「おう、そうだった。原則駄目だったな。ただよぉ、原則っていうのは絶対って意味じゃなくて、殺しちゃってもしょうがないよねって意味なんだよ」


 これは、不承ではあるが顎鬚の男の言った通りだ。

 拡大解釈すれば、現実と仮想の融合世界――複合現実(MRミックスド・リアリティ)である〈ジェニュエン〉での人殺しは合法だ。

 

 無論、倫理的にも人道的にあり得ないという声はある。

 しかし。

 それでも大多数の人間にとって、殺し、あるいは実際に死亡するという仕様(デスゲージの存在)を容認する〈ジェニュエン〉が、なくてはならないものであるのもまた事実だった。


「その解釈の仕方が、お前等がゴミ野郎ダストである証拠だな。デッドマンのプレイヤーを殺すのはもってのほかだが、アンダードッグを要求しているプレイヤーに攻撃するのもクズのやることだ」


「くっだらねぇ。命がけのゲームに自ら参加しておいていざ旗色が悪くなると降参とか、そんな奴は死んだほうがマシだろうが。抑圧してねぇで、どいつもこいつも思うがままに殺欲を解放すりゃいいんだよ。物欲と淫欲に並ぶ三大欲の一つなんだからよぉ」


「どんな三大欲だよ。全部合ってないだろ。それに――」


「黙れ。話は終わりだ。〈ジェニュエン〉が終わる前にてめぇを殺す」


「ああ、そうだな。残り時間も少ない。さっさと討伐させてもらう」


 構える両者。

 そして――。

 

「ほざけっ、闇の咆哮斬ダークネス・ロアッ!!」


 ナカニシをデッドマンにした黒騎士のウェポンスキルが、軽鎧の男に襲い掛かる。

 しかし、全く避ける素振りを見せない軽鎧の男。

  

 ――終わった。

 

 タカダがそう確信したとき、〈ダークネス・ロア〉の軌道が軽鎧の男に直撃する寸前で変わった。

 軽鎧の男が刀を横に払って、弾いたのだ。


 それは刀だった。

 衛星ラースの明りを反射させては、その切れ味のよさと品位を主張するかのような刀身。

 タカダは刹那の時、それがMR上の仮想武器だということを忘れて見入ってしまった。


「お、お前ら、あいつを殺せッ!! コロセェェェェッ!!」


 顔色を変えた黒騎士が、唾を吐き散らすように叫んだ。

 我に返ったタカダは、デュエルの成り行きを見守る。


 顎鬚の男の号令を合図に軽鎧の男に走り寄る、四人の〈デス・メイ・クライ〉。


「ダストが…………いざ、尋常に――華と散れ――ッ」


 軽鎧の男が呟き、刀が怪しく光った。

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