ACT02 品川区でのとあるデュエル ―ダスト―


「ぎゃっ!?」


 ナカニシの体を、赤く発光するダメージエフェクトが斜めに走る。

 元々、たった一本のHPゲージが二割を切っていたナカニシだが、今の一撃で当然のようにそのゲージはゼロとなった。


 電気信号として脳内回路に送られている疑似痛覚は最大。

 よって苦痛の呻き声を上げるナカニシだが、死体デッドマンとなった彼は、十秒もすれば上空を飛ぶステルスドローンにそのデッドマン状態を認識されて、痛みから解放されたのち戦いの場から去ることとなる。


 仔細に言えば、身体能力を完全に制御された体は地面へと半ば強制的に横たわらされ、死体袋ボディバッグオブジェクトとなるのだ。


 しかし。

 

 顎鬚の死神はそんなナカニシをせせら笑うかのように、デッドマンの彼を、再び頭をかち割るかのように斬りつけた。

 何度も、何度も、何度も――。

 

「が、ががっ!?」

 

 デッドマン後に現れ、ボディバッグになるまでの間に出現するデスゲージ。

 それがあっという間に満タンになり、両眼を見開き硬直するナカニシ。

 やがて眼球をぐるりと後ろへ回すと、魂が抜け出たかのようにその場で倒れた。


「ひ、ひいいいぃぃっ!」

 

 ゲーム的なデッドマンから現実的な死へといとも簡単に移行させる狂気に、タカダの虚勢は呆気なく消えて、代わりに情けない悲鳴が喉からほとばしる。


 そうだ。こいつらはダスト。

 頭のネジが外れた、積極的殺人者なのだ。


 体を支える力を失ったタカダは、だらしなくその場にくずおれた。

 股間がやけに熱い。小便でも漏らしたのかもしれない。


 ナカニシの死体を満足そうに眺めている顎鬚の男。

 やがてその視線がタカダに移ると、その表情に歪な笑みを乗せた。


「さぁて、次はてめぇだ」


「ま、待て待てッ! ぶっ殺すとか嘘っ。降参だ降参っ! よ、よって俺は負け犬の姿勢アンダードッグを要求するっ」


 アンダードッグをして降参してしまえば、〈ワールド〉と〈ジェニュエン〉に関しての全てのデータの初期化、及びアカウント停止の処置が科せられる。

 しかし命と引き換えならば、そんなものは躊躇の理由にはなり得ない。


 タカダは膝を付いて両手を頭の後ろに回す。

 これでアンダードッグの出来上がりだ。

 この姿勢で十秒間維持すれば、デッドマンの時と同様に上空のドローンが認識。

 そしてタカダはゲームの敗者となると同時に、仮想攻撃の一切効かない体となるのだ。

 

 ルール上、アンダードッグを要求、あるいはしているプレイヤーにはいかなる攻撃もしてはならない。

 これでもうタカダの命は保証され――


 いや、それは違う。



 



「ぐほぉっ!?」


 当然の結論に行き着いた時、顎鬚の男に思いっきり腹を蹴られた。

 リアルゆえの火を噴きそうな激痛が腹部を走り、タカダは地面をのたうち回る。

 HPゲージは減らないが、確実に命のゲージは減少したはずだ。


「バーカ。こちとら殺しを楽しんでんだ。興ざめするようなことすんじゃねぇよ。……さてと、本当だったら俺が殺りたいところだが、飢えている奴がいるからな。ドロノバ、お前がやれ」


 ドロノバのプレイヤーネームで呼ばれた痩躯の男が前に出てくる。

 ドロノバは最強のウェポンスキルを使うだの、みんな離れろだの言うと、剣の切っ先をタカダに向けた。


「貴様はこの〈開放日リリース・デイ〉という聖なる日に、己の殺意を、欲望を、魂を解き放たなかったから負けるのだ。潔く死を受け入れ、ヴァラハラの地で主神オーディンに使える戦士となるがいい。――死ね」


 ドロノバが剣を振り上げる。

 

 すぐそこに迫った、疑似的痛みを伴うゲームオーバー。

 続きざまに訪れるであろう、リアルな死。


 そんなのは嫌だ。


 なのに腹の痛みから叫び声の一つも出せないタカダ。

 

 俺みたいな弱い奴が参加するべきじゃなかったと後悔の念が過ったその時。

 ドロノバの上半身に赤い閃光が走った。

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