6.渋谷駅閃光事件についての臨時説明会
私は説明会のために、渋谷ヒカリエの会議スペースを手配した。なかなか骨の折れる仕事であったが、問題なく確保することができた。スタッフとして、私は3体の日本人を用意した。彼らには受付、情報端末機器の預かり、誘導などを担当させた。
ジェリーフィッシュ星人は、このように用途に応じた人間型の個体を自由に創造・分解することができる。
ほとんどのモルモットたちは時間内に会議室に集まっていたが、10名弱の者が定時になっても現れなかったので、彼らを待ってから始めることにした。
約5分後に若い女性が2名と男性が8名やってきた。その中にはオースティン中田も含まれていた。彼は私の忠告通り、撮影機材を持ってこなかったようだ。これで出席予定者197人全員が揃った。
遅れてきた10人が席に着いたところで、デイヴィスを装った私は話し始めた。
「皆様、本日はお忙しいところ、また、急な呼びかけであるにもかかわらず、お集まりくださりまして、誠にありがとうございます。
私は、臨時危機管理委員会という組織の外部顧問を務めております、デイヴィスと申します。この組織は、昨日の渋谷駅閃光事件を受けまして、本日の午前8時頃に設立されました。組織の目的は、閃光事件に伴う影響の調査と国民の安全確保、この2つです。
皆様もニュースなどでご存知ではあるかと思いますが、昨日の閃光の原因はまだわかっておりません。加えて、その発生原因が不明であるにもかかわらず、その場に居合わせた多くの方々が共通の症状を訴えています。
1つは一部頭髪の色素が薄くなったというもの。
2つ目は、その数時間後に抗うことのできない強烈な眠気に襲われたというもの。
そして新たに3つ目の症状について多くの事例が発生しております。皆様の中にも、それついて強い不安感を抱いている方々が多々いらっしゃると存じます。
本日の説明会では、特にこの3つ目の症状について、国家の対応と皆様方へのお願いをお話しさせていただきます。
お時間は質疑合わせ、30分ほどを予定しております」
ここで1人の人物が手を挙げた。40代の男性である。
「1つ質問をよろしいでしょうか。現段階では、閃光の原因をどのようなものだと想定しておりますか」
私は答えた。
「想定と言えるほどのものはまだございません。他国の新型兵器や地球外生命体による現象など、世間で噂されているものと同じような仮説しか持ち合わせていない、というのが正直なところです。何せ、設立からまだ1日とたっていない組織ですので」
「ありがとうございます」
この男は、セルB-048を培養された白川という男である。この後、彼はモルモット間のネットワーク醸成に大きく貢献した。
「それでは、お時間もございませんので、さっそく本題に入りたいと思います。
先に説明した3つ目の症状は、まだまだ正確に把握できておりませんが、人によって異なるようです。また驚くべきことに、それらは今までの医学的・生物学的・物理学的常識ではありえないような現象が伴っております。
そして我々は、閃光の原因が全くもって不明であること、皆様に表れた症状が常識を逸脱していること、この2つの事実について、現段階では世間に公表するべきではないと考えております。
説明するまでもないことですが、これらの事実が明るみになったあかつきには、国民の皆様の混乱や不安を煽ってしまうだけでなく、経済や外交に深刻な影響が及ぶことが予想されます。
したがって、臨時危機管理委員会は直近の方針として、
真相の解明がなされるまで、この一件にまつわる情報は委員会の元で厳しくコントロールする。
というものを設定させていただきます。具体的には以下のことを行います。
①閃光事件の原因について、委員会作成のシナリオに沿った仮の調査結果を公表する。
②被害者の白髪症状についても委員会作成の原因を公表する。
③3つ目の症状については一切の情報を統制する。
①、②につきましては、こちらで対応いたします。内容につきましては皆様もメディアからの発信にて把握できると思いますので、説明は省かせていただきます。
③につきましては、皆様のご協力が必要となります。
これからこの点についてのご説明に移りたいと思いますが、ここまでで何か質問のある方?」
モルモットたちはしーんと静まりかえり、質問をする者は出なかった。それも自然なことだろう。自分の周りをとり囲んでいたふわふわとした非現実が、硬く冷たい現実に変わった瞬間であったから。
ここから先は手短に話そう。
私はモルモットたちに2つのことをお願いした。許可が出るまで3つ目の症状については一切他言しないこと、人前で異常現象が発生しないよう注意すること、この2つである。この2つを破った際には、委員会が適切な対処を取らざるをえないことも言い添えた。
具体的にはどのような対処なのかという質問が出たが、私はそれには答えられないと述べた。
また、いずれ精密な身体検査を行うが、日時についてはこちらから連絡する旨を伝えた。これについては白川がその日時はだいたいいつ頃の予定かと尋ねた。
「わかりません。2週間ほどはかかるかもしれません」
白川は何か言おうとしたが、ありがとうございます。とだけ小さくつぶやき、席に着いた。
私は、くれぐれもここで話したことを忘れないようにと念を押し、説明会を終えようとした。すると1人の女性が勢いよく立ち上がり、良く通る声でこう言った。
「あなた、本当は全て知っているんでしょう」
30代後半の女性だった。背は比較的低いが、すらっとしてスタイルの良い落ち着きのある女性だった。名前をマリコという。マリコはセルB-063を培養されている。B-063の培養者は「バーサーカー(狂戦士)」と呼ばれる。
「私がこの一件について知っていることは皆様と変わりません。この一件に対しての国家の対応についてのみ、皆様よりも情報を持っております。そしてそれについては、残念ながら本日お話ししたこと以外はまだお伝えできません」
私はそう答えた。彼女は黙って席に座った。
彼女は私の正体を見抜いていたのだろうが、「バーサーカー」としての力を使ったわけではない。彼女は単に並外れた知性と洞察力を持っていただけだ。
しかし、これは想定の範囲内である。閃光事件それ自体が異常な出来事であるため目立たないのかもしれないが、私の開いたこの説明会は不自然な点ばかりである。
それに、「アンサラー」や、他にもある特定のセルを培養された者たちが、私の存在に強い違和感を抱くであろうことはあらかじめ想定していた。要するに、そこが問題ではないのだ。モルモット間のネットワーク醸成こそが私の行った説明会の目的なのである。
結論から述べると、ネットワーク醸成はうまくいった。先に述べた通り、説明会終了後に白川という男のとった行動が成功に一役買ったのだ。
とにかく、私、ワトソンの仕事はほとんど終わり。あとはコーヒーをしたため、楽しい経過観察をするだけである。イェーイ!
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