5.ワトソンのモルモット訪問



 リンダとイヌイのセル開花に対する反応はごくまともなものである。どちらかといえば控えめなほどだ。他のたいていのモルモットはより激しい動揺を示した。


 私はモルモットたちの心理的な不安を解消するため、また先に述べたネットワーク醸成を実現するためにも、彼らモルモットたちを訪問し、説明会を開催する旨を伝えなければならなかった。そのときの様子を何人かのモルモットを例に描写したい。まずはあの2人組みから。


  *


 イヌイは渋谷へ向かう電車の中で、昨日の閃光事件についての記事を見つけた。

 見出しにはこうあった。


 渋谷駅での謎の閃光

 テロ? いたずら? 東急電鉄・東京メトロの対応に疑問の声


 記事にはこう書かれていた。


 9月22日土曜日の深夜12時ごろ、東急東横線・東京メトロ副都心線のホームで激しい閃光が発生した。その場に居合わせた人々に負傷者は出なかったが、体調不良を訴える利用客が数名あらわれた。

 東急電鉄・東京メトロの両社は、この閃光の原因について、現時点では正式な声明を発表していないが、本日行ったエックスニュースの電話取材に対して、担当者はこのように答えている。



—— 閃光の原因は?

 

 正確な原因についてはまだ調査中だが、照明設備の異常発光だと見ている。


—— テロの可能性は?


 考えていない。


—— 負傷者などは?


 数名のお客様がパニック症状を起こしたが、それ以外にはいない。


—— 頭髪が白くなったと証言する被害者が続出している


 今回の一件とは因果関係がない。


—— ネット上では、対応に対しての批判が溢れているが?


 お客様の安全を第一に対応した。諸設備の点検も行った上での運行復旧であった。現に、その後も大きな被害などは出ていない。


—— 再発の恐れは?


 駅構内の照明設備総点検を行い、問題がないことを確認している。


 

 インターネット上では、テロやいたずら、国家の陰謀説など、謎の閃光事件についての様々な憶測が溢れている。筆者も、その場に居合わせたとみられる人々の投稿などを見る限りにおいて、単なる設備異常が原因だとは考えにくいのではないかと見ている。誰もが経験したことのないような強烈な光であったようだ。昨日のTwitterなどの投稿を見ると、その時の緊迫感が伝わって来る。やはりテロなのではないかと思わざるをえない。

 今回の事件では大きな被害は発生しなったものの、両社には、ぜひとも原因についての納得のいく説明を期待したい。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前に、東京の公共交通機関におけるテロ対策は、国を挙げての課題となっている。



 イヌイは記事を読み終え、渋谷駅を降りた。駅のホームはいつも通りであった。昨日の出来事は夢なのではないかとも思ったが、実際に記事にまでなっているのだ。それは実際に起こったことなのだ。


 リンダとイヌイは改札の前で落ち合った。


「あらら、イヌイくん本当に染めちゃったのか」

「当たり前だろう」


 2人は近くの店でハンバーガーを食べることにした。


「それにしても大変なことになったな」

「うん。これはおそらく、地球外生命体とかそのレベルの話だと思う。信じられないことだけど」

「まあ、そういうものでも持ち出さない限り説明できないよな」

「うん。今までの地球上での歴史を鑑みると、まず起こるはずのないことだよ」

「他にあの場に居合わせた人はどうなったんだろう」

「ネット上で騒がれている人なら見つけたよ」


 リンダはそう言うとYoutubeの動画をイヌイに見せた。その動画を投稿しているのは、オースティン中田という1万人以上のチャンネル登録者数を持つ学生Youtuberのようだった。顔を見る限り、欧米人とのミックスのようだ。

 投稿された動画のタイトルはこうだ。


『オースティン中田、光人間に覚醒』


「Hello everyone、こんにちはー! オースティン ナ!カ!タ! でーす!

 今日は、みんな絶対に信じられないような動画になると思います。

 自分でもまだ信じられないもん。朝はこわくなって泣いちゃいました・・


 はい、では説明は以上!

 さっそく見てください。これを!」


 オースティン中田は、部屋の電気を消した。画面が真っ暗になった。

「ごほん!」

 中田が咳払いをすると、しだいに彼の肌が黄色く光り始めた。


「そう。光るんです。僕、光るんです!」


 リンダとイヌイは顔を見合わせた。


「昨日の夜、渋谷駅で謎の閃光が走ったのは皆さん知っているかな?

 オースティンはたぶんその時にこの力が芽生えたんじゃないかなと思っています。みんな信じてくれないと思うけど!

 とにかく、みんなに見せられてなんだかほっとした!

 今回はこのくらいで! 夜になったら体を光らせて渋谷の街を歩いてみたいと思いまーす! まだチャンネル登録していない方はぜひ、お願いしまーす。

 ではまた!See you soon」


 動画はそこで終わった。

 コメント欄には以下のような書き込みがあった。


•よくできてるなー。どこのソフト?

•光ってるオースティンも可愛い!!!

•ぴかぴかオースティン

•え?これまじ?やっぱり渋谷の閃光事件、エイリアンの仕業だったのか

•これ本物だと信じているバカが本当にいるとは

•演技力が秀逸ですね、この方

•私もそのとき渋谷駅にいました。そして私も今日朝起きてから様子がおかしいんです。なんだか、近くにいる人がどんな風に感じているのかがなんとなくわかるような気がするんです。何かの病気でしょうか

•うん、とりあえず近くの精神病院に行こうか

•渋谷で歩いている動画も同じように編集できるのかな??


 リンダは言った。

「とりあえず、食べよう」


 2人はチーズバーガーとビールを注文し、むしゃむしゃと食べ始めた。

 リンダはビールで口の中のバーガーを流し込むと言った。


「あの映像は本物だよ。そして彼があの場にいたという証言もね」

 

 イヌイは答えた。


「それにしてもあいつバカだな。あんなんで渋谷を歩いたら大変なことになるよ」

「まあ、一躍有名になるだろうね。それを狙ってのことだろう。あの動画だけなら誰も信じないだろうし」

「本当に体が光っていることがわかったら世間はどんな反応をするだろう」

「まあ驚くだろう。そして彼は国が絡んだ機関で色々と調べられるだろうな」

「世界中でニュースになるよ」

「いや、原因がわかるまでこの事実は伏せられるんじゃなかろうか。世界中が混乱に陥るレベルの現象だからね。地球外生命体が絡んでるなんて話になったら尚更だよ。下手をすると彼はもう二度と社会には戻れないかもしれない」

「ばかなやつだ。それで、これは本当にエイリアンの仕業なのか?」

「仮説だよ。ただそれ以外の可能性は思い浮かばない」

「とりあえず、我々はこの力を隠した方が良さそうだね」

「うん。隠した方がいい、いずれ我々にも調査の手がくるだろうけど」


 そこに私、ワトソン登場である。この時は、背広を着た背の高いアメリカ人、デイヴィスという男を装っていた。そう、説明会の連絡に来たのである。

 私は、この日の13時から14時の間に、263人すべてのモルモットを訪問した。我々ジェリーフィッシュ星人は、これくらいのことならいともかんたんにできてしまう。


「失礼ですが、乾さまと林田さまですね?」


 2人は強い警戒心を示したが、穏やかに返事をした。


「はい、そうですが」


 私はできるだけ柔らかい表情を作り、こう言った。


「日曜日の昼下がりに突然申し訳ございません。私、臨時危機管理委員会という組織の外部顧問を務めております、デイヴィスと申します」

「はあ」

「昨日深夜の渋谷駅で、激しい閃光が発生しましが、ご存知ですね?」

「はい」

「その件につきまして、その場に居合わせた方々へ臨時の説明会を開催する運びとなりました。そしてその説明会の開催日時は、本日。午後の19時となっております」

「・・・・」

「緊急のことですので、失礼を承知で、このような形でお伝えに参った次第でございます」

「なるほど。何についての説明でしょうか」


 リンダはこう言った。おそらく、彼はこの時には、私がエイリアンであるという仮説を有力なものとして認識していたことだろう。「アンサラー」とはそのようなものなのである。


「例の閃光事件に対する国家の対応について、そして皆様へのお願い事項についてです」

「お願いとは?」

「詳しくは、説明会にてご説明いたしますが、おそらくお二人にも身体に変化が生じたかと思います。それに関わる願いです」

「わかりました」

「それではこちらをご覧ください」


 私は、場所と時間の記された紙を見せた。


「これをお渡しすることはできません。恐れ入りますが、ご記憶ください。メモを取ることもできません」


 2人はじっくりとその紙を眺めた。


「この説明会は、内密に執り行うこととなっております。したがって、別の方々へのご他言はくれぐれもお控えいただくようお願いします」

「わかりました」

「色々とご不安に思うこともあるかとは存じますが、何もご心配なさらないでください。国家は皆様の健康と安全を第一に考えておりますので」

「・・・・」

「それでは、またお時間に」


 デイヴィスがハンバーガーショップを出ると、イヌイは、深々と考え込んでいるリンダに尋ねた。


「どうした?」

「あのデイヴィスっていう人、もしかしたらエイリアンかもしれないな」

「ばかな、ただの日本語の流暢な外人だったぞ」

「おれもはっきりとはわからないんだけど、とにかく、この一件について深く知っていそうだ」

「説明会に行って話を聞くしかなさそうだな。何より、情報が不足している。会場に行ったらみんな生け捕りなんてことはないよな?」

「なくはないだろうね。ただ極めてその可能性は低いだろうと思う」


 2人はあれこれ話しながら、残りのビールを飲んだ。私、ワトソンの目には、彼らはこの状況を楽しんでいるように見えた。


  *


 私の可愛いモルモットたちは、デイヴィスの訪問に対して他にも様々な反応を示した。例えば、アシッドボーイはこうである。

 

 アシッドボーイはこの日、朝目を覚ますと、日課であるランニングを始めた。朝の8時頃である。

 彼は走っているうちに、皮膚にいつもと異なる感覚を覚えた。皮膚に力を入れることができるような、皮膚自体が筋肉であるような感覚である。彼は腕の皮膚に力を入れてみた。すると汗のような液体がにじみ出てきた。

 液体が地面にぽたっと落ちると、アスファルトがジュワッと溶け、深い穴ができた。アシッドボーイは、今度はより一層力を入れてみた。するとより多くの液体が出てきて、地面にたれるとより大きな穴を開けた。

 アシッドボーイはその穴を触って確かめてから、喉が渇いたのでランニングを引き上げ、家に帰ることにした。


 彼は家に帰ると、皮膚からその液体を出し、いろいろなものを溶かして遊んだ。プラスチックのバケツも金属製のハンマーもかんたんに溶けてしまった。しかし、自分の体はそれに触れてもまるで大丈夫であった。


 めっっちゃ楽しい! アシッドボーイはそう思った。


 彼に培養されているセルB−033は、このような効能を持っている。身体中のあらゆるところから強力な酸を分泌できるのだ。これは地球上のいかなる酸性溶液よりも強力なものとなっている。


 私、ワトソンが彼の元に訪問したのは、彼が手のひらから染み出した液体で空き缶を握り溶かして遊んでいるときのことだった。


 私が説明会への参加を促すと彼はこう言った。


「あの、忙しいんで」

「何があるんです? これは重要なことなんです」


 アシッドボーイはバタンとドアを閉めてしまった。かわいいやつである。

 彼は19時になると、オンラインゲームをしなければならない。外で遊んでいる暇などないのだ。


  *


 例のYoutuber、オースティン中田は、また別の反応を示した。

 彼はその時、家でネットサーフィンをしていた。


 私が説明会について述べると、


「あの、僕の体、光るようになったんです」

「そのような変化が別の方々にも起こっています」

「例えば?」

「それはお答えできません」

「説明会で確かめろということですか。ちなみにその説明会は撮影OKですか?」

「撮影はおろか、説明会についてのあらゆる記録は禁じられています。この件につきましてもご他言してはいけません」

「Youtubeに光っているところ載せちゃったけど」

「それにつきましてはご自身の判断で行ってくださって結構です。ただし、かなり危険な行為だと思いますよ。詳細は後ほどお話しいたしますが」

「ビューワーはスリルや非日常を求めてるんですよ」


 なかなかの人物である。私はこのような人物を見るたびに、人間という生物の奥深さについて深く考え込んでしまう。


 とにかく私は、このようにして263人全員の元を訪れた。彼らの中には、まだ培養されたセルの効能に気づいていない者も少なからずいたが、身体の異変に気づいた者もそうでない者も、総じて閃光事件に対する何らかの説明を求めていた。

 結果的に、当日の呼びかけであったにもかかわらず、197人にも及ぶモルモットが説明会に参加することとなった。


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