母の死

母がうつ病と診断された。

国からの保険で、生活費から学費から、何から何まで賄えるはずもなく、私は援交をし始めていた。

ただそれは、単にお金が欲しかったからだけではないと思う。

たった二人きりの家族なのに、うつ病の母の面倒を見ることに嫌気がさしていたのだ。


そんな頃、私は1人の援交相手と親しくなっていた。

金村というその人物は、ちょうど生きていれば兄と同じ年齢の大学生だ。

片親を幼いころに失っており、一人親の元で育てられた。

だがその親も最近亡くなって、何億円もの遺産だけが手元に残り、その金でおよそ大学生とは思えない程の豪遊っぷりをしていた。

私の数多い相手の中でも、もっとも金払いの良い人だった。


「死にたい・・・」

金村は時折、そう呟いた。

その時の表情は、何か見えないものをただただ追い求めているようで、私は黙ってイクしかなかった。

しかし、それを何回も繰り返すうちに、私は何とも言い表せない高揚を感じ始めた。

死を望む人と生を生む行為をしているこの矛盾が、私には快楽に感じられたのかもしれない。

とにかく、私は数多い援交相手の中で唯一、金村を愛するようになっていた。


「愛してる・・・」

私は時折、そう呟くようになった。

「お前が欲しいのは金だろ」

金村はいつも、そう答えた。

それでも私は愛を叫び続けた。

お金のことも、母親のことも、金村が死を望んでいることも、私の愛の前ではどうでもいいこととなっていた。

ただ、金村に愛されたい。

それが私の望みになっていた。


あの日も、私は金村の車で何回も愛を育んだ。

家に帰った時、時計の針は深夜の2時を指していたと思う。

部屋はいつものように真っ暗で、母はもう寝たのかな、と思って部屋を覗いた。

外からは秋虫の鳴く声が聞こえてくる。

そして、戸を開けると同時に、一匹の虫が羽ばたいた。

母は呼吸をしてなかった。

母の枕元には、置手紙と共に、針の先から白い液体が垂れている注射器があった。

私は半ば放心状態になりつつも、その置手紙を拾い、目で追った。


(愛するあなたへ


 私はもうダメです。毎日を屍のように生きています。

 私はもうダメです。あなたの邪魔ばかりして生きています。

 私はもうダメです。夫を、兄を失った時から私は死人のまま生きています。

 私はもうダメです。あなたに愛もお金を上げれないまま生きています。


 だから、私は死ぬことを決意しました。

 あなたに出来るだけ迷惑をかけないようにしたつもりです。

 こんな母を許してください。

 こんな母を責めないでください。

 そして、あなたはあなたの思うがままに生きてください。


 私はあなたたち家族みんなを愛していました)


私が生を生む行為をしているとき、一人の女性が死んだ。

私は兄の時と同じようにどうすることも出来なかった。

その事実だけが私の心を覆っていた。


葬式の時、泣き崩れた私を介抱してくれたのは金村だった。

金村は泣きじゃくる私の背中をさすりながら、「一緒に死のう」と囁いた。

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