兄の死

父の死から、3年が経つ頃、私達は一つの問題を抱えていた。

それは私が高校に進む学費が無いという事であった。

私は高校に行きたかった。

だが、その話をすると、母はいつも顔を暗くした。

ある日の晩御飯の時、あたしはいつものように、

「高校に行きたい。」

と、言った。

すると、母が口を開く前に、

「そんなに行きたいなら、行ったらいいよ。僕、学校辞めるから。」

と、兄が言った。

「本当にそれでいいの?」

と尋ねる母に、笑って「大丈夫だよ」と兄は言ったが、私には気になって仕方がなかった。


そこで次の日、放課後に、兄の高校へ行くことにした。

兄は、学校に行く前にある、橋の下にいた。

だが、その兄は上半身が裸で、あざや擦り傷の跡がいくつもあり、橋台に背を預けて、うずくまっていた。

その周りには4人、兄の高校の制服を着た生徒がいる。

彼らは、死ねだの、クソだの、ゴミだの、家畜だの罵って、そうして何発も蹴りを入れて、そうしてまた、兄を殴った。

私はただ見ていることしか出来なかった。

何分経っただろうか、たまたま通りかかった釣り師のおじいさんが彼らに何かを言い、彼らは立ち去って行った。

兄は何も言わず、ヨロヨロと家に向かって歩き始めた。


私はその甦る光景を振り払うかのように、家に向かって走った。

優しかった兄は、ただの壊れたがらくたのように扱われていた。

そしてそれを見るだけで、何も出来なかった自分に対して、怒りが込み上げると同時に、涙も溢れてきた。

家に着くと、涙を拭い、鞄を放り投げ、兄の部屋に勝手に入った。

机の周りを探すと、一つのメモ帳を発見したが、その中に書かれている内容に、私はさらに絶望した。




(今日は朝学校に行くと、珍しく、上履きがあった。

 だけど、履いた瞬間、足に痛みを感じた。

 よく見ると画鋲が刺さっていて、少し向こうで奴らが笑っていた。)


(教室に入ると、いつものように、一輪の花が入れられた花瓶が置かれていた。

 だがどこから持ってきたのか、今日は待雪草が花瓶の中に刺さっている。

 机には、いつものように落書きが書かれている。)


(昼休み、奴らに呼ばれて校舎裏に行くと、また殴られた。

 その時、うめき声を出したせいか、教師が通りかかった。

 その教師はタバコを吸いながら、こっちを見て、一瞥して去って行った。)


(今日も校舎裏に呼び出された。

 だが、何故かタバコを持っていて、体に押し付けられた。

 銘柄はあの教師の持っていたタバコの箱と同じだ。)




私はそのメモ帳を読み切れず、元の場所に戻した。

そして部屋に籠って、ひとしきり泣いたところで、母も兄も帰ってきた。

兄は何事も無いように、晩御飯を食べていた。

「そういえば昨日、お前を高校に行かせると言っただろう?」

私は下を向いたまま頷いた。

「母さんも納得してくれたから、ちゃんと勉強しろよ。」

そう言って兄は微笑んだ。

私は、「ありがとう」と呟いて、先に部屋に戻った。

どうしても兄の事は切り出せなかった。


次の日、学校に母から電話がかかってきた。

それは。兄が飛び降り自殺をしたというものだった。

医者の説明によると、兄は即死したという。

母は病院で泣き崩れ、兄の喪中もずっと泣いていたが、やがて泣き止んだ。

だが、何を言っても、「ええ」「そうね」としか言わなくなった。

そして、時折泣いては、「大丈夫?」と聞いても、「ええ」「そうね」と言うだけであった。

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