父の死
父の死
私が12歳の時、家に帰ると、父がリビングで首を吊っていた。
私は泣きながら母に連絡したが、その母が仕事場から家に帰ってくる頃には、涙は止まっていた。
小学生ながら父がもうすぐ死ぬであろうことを予感していたからだろう。
何故なら、自殺する数か月前から、父は死人のような顔をしていたからだ。
ちょうど、経営が悪化していた父の工場が倒産した時だった。
すぐに知らないおじさんが夜な夜な家に来て戸を叩き始め、郵便受けには大量の書類が届くようになり、そして母が仕事の量を増やしたとかで家に帰らないようになった。
父は、何を言っても「ああ」「うん」としか言わなくなった。
時折、何かに怯えるような顔をするが、「大丈夫?」と聞いても、「ああ」「うん」としか答えなかった。
小学生の頃の父の死と聞くと、トラウマになると思うかもしれないが、私にとって父の死は必然なものであったためか、少し泣きじゃくった程度しか覚えていない。
むしろ、そんなことよりも、母が帰ってきた後の記憶の方がより鮮明に覚えている。
泣いたせいで目が赤く腫れていた私を向き、「大丈夫よ」と言った母は、まるでお洗濯やお料理をするみたいに、父の遺体を床に降ろし、寝転がらせた。
そうして、そんな父を労わることもなく、淡々と遺品整理をし始めたのである。
私にはその光景は、あまりにも異質に感じた。
だが、なんだか聞いてはいけないような気がしたのと、親族が死んだのが初めてであったため、母の言うとおりに従い、やがて父の死のことなど忘れていった。
中学生に入って、色々知るようになると、父の死の原因が分かるようになってきた。
あの日から、私や兄の学費の支払いが滞ることも無くなったし、夜におじさんが押しかけてくることも無くなった。
ときたま、外で食事をするようにもなり、まるで普通の家族のような生活を送るまでになった。
ああ、父は私たちに金を残すために死んだのだ。
そう感じるようになっていた。
だが、そうだとしても、あの日の母の行動は、やはり異質なままだった。
ある日、兄が夜遅く帰ってくるという事で、私と母は二人きりであった。
「母さん。母さんは、父さんのこと愛してたの?」
おぼろげな口調でそう尋ねた。
「勿論よ」
母はそう一言いっただけであった。
その後、しばらく窓の外を眺めていた。
その窓ガラスに映った母の眼には、父への怒りでも悲しみでもなく、愛が宿っていたように思う。
父を愛していたが故に、母は父の後始末を毅然としてやり遂げたのだ。
それこそが母の強さなのだ、と私は心からそう感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます