後編

 そうか、そうだったな。

 俺は出されたキリマンジャロを味わいながら思った。

 マスターがいつにも増して憂鬱ゆううつそうな表情をしているのは、そのせいでもあるのか。

 あれは今から二年ほど前のことだった。

 やはり同じ万聖節ハロウィンの日、マスターの愛犬だった、

『トム』が、ゾンビのコスチュームをした三人組の強盗に殺されてしまったのだ。

 閉店後、マスターが店を閉めて帰ろうとした時、

(彼はいつも店にトムを連れてきていた)

 どんちゃん騒ぎに紛れた辻強盗に金を出せと脅された。

 勇敢な愛犬トムは、身を挺して主人をかばおうと、強盗に立ち向かったのだが、その結果安物の拳銃に撃たれてしまったのである。

 マスターは無傷だったが、トムは死んでしまった。

 被害届は提出したが、死んだのが犬だけで、他に対した実害がなかったと判断され、警察はそれ以上何もしてくれなかった。

 無論犯人も、未だに逮捕されていない。

 と、マスターが思いついたようにCDデッキに一枚のディスクをセットした。

 スピーカーを通し、店内に美しいが少し物悲しいカレン・カーペンターの歌声が流れる。

『「雨の日と月曜日は」だね?』

 俺の問いに、

憂鬱ゆううつなのは雨の日と月曜日だけじゃない。僕にとってはもなんだよ』

 マスターが、またぼそりと答えた。

 俺は音楽を聴きながら何気なく視線を『彼女』の方に移した。彼女は相変わらず物思いに耽っているような表情で座っていたが、その眼は外の風景・・・・仮装行列のどんちゃん騒ぎの、しかもその中のある一点をじっと見つめていた。

やがて、彼女の眼が、何かを発見した猟犬のような色を帯び、財布を取り出すとコーヒー一杯分の小銭をテーブルの上に置き、立ち上がるとそのまま速足で店を出て行った。

『すぐ戻る』俺はマスターにそう告げ、続けて止まり木から腰を浮かせると、後を追った。

 彼女はスクランブル交差点の手前、歩行者天国とは距離にして約60メートルほど離れている場所で立ち止まり、そこでコートをまくり、銀色のデザートイーグルを抜いた。

銃口の先には、行列の中ほどにいたゾンビの扮装をした三人組の姿がある。

俺がM1917を抜き、発砲するのと、彼女の発砲は、ほんの僅かの誤差であった。

.45ACP弾が彼女の肩を貫通し、その手からイーグルが落ち、雨で濡れたアスファルトと当たり、重い金属音を立てた。

 後に残ったのは警官の怒号と複数の叫び声、パトカーのサイレン・・・・。


 駆け付けた警察官によって彼女は逮捕され、俺は事情を聞かれた。

 しかし、こっちがライセンスとバッジを提示すると、向こうも渋々ながら納得したようだった。

 ゾンビ姿の三人組は、間違いなく二年前にマスターを襲い、愛犬のトムを射殺した、あの辻強盗の一味だった。

女の放った弾丸がその中の一人に当たり、また彼の懐から発見された拳銃が、条痕検査によって、当時の拳銃と一致したからだし、他の二人もそれぞれ懐に武器をのんでいた。

何時までも同じ拳銃や武器を持ち、尚且つ同じようななりをしてふらつくなんざ、間抜けもいいところだが、どうせバレルことはあるまいとタカをくくっていたんだろう。

俺が撃った彼女の方だが、結局何者だったのかは、警官にも聞きそびれた。

(ただ、馴染みのブンヤによれば、取り調べの時に『山田花子』と、如何にも偽名臭い名前を名乗った以外は、完全黙秘を貫いているということだけは分かった)

 いずれにせよ、俺にとっても万聖節はマスター同様、ロクなことがない『憂鬱な日』の列に加わることになってしまった。

 何しろ、探偵稼業を始めてから、どんな理由にせよ『女を背中から撃たない』というバッドマークをスコアブックに付けることになっちまったんだからな。

                                終わり

*)この物語はフィクションであります。登場人物、場所、その他は全て作者の創造の産物であります。


 

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雨の日と万聖節(ハロウィン)は 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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