雨の日と万聖節(ハロウィン)は
冷門 風之助
前編
その日、外は雨だった。
俺は面倒な仕事を幾つか片づけ、骨の髄までくたくただった。
こんな日は酒場に直行するか、さもなくば事務所を通り越して、ビルの屋上にある寝ぐらで、熱い風呂を沸かして首まで浸かりながら、ホットウィスキーを
しかしながら、時刻はまだ午後12時30分を少し回ったところで、早い酒場でも店を開けるまで5時間半はある。さらに悪いことに、ネグラに一本だけ残っていた頼みの綱の
そうなると雨の中、傘もささずに(俺は傘が嫌いだ)、酒屋に行って安ウィスキーを手に入れ、靴の中までずぶ濡れになりながら、新宿まで歩かねばならない。それじゃ幾ら何でも疲れ切ったわが身が気の毒だ。
たまには自分を甘やかすのも悪くない。
そう思った俺は、雨宿り替わりといっちゃなんだが、直ぐ近くの馴染みの喫茶店に入った。
ここは俺が陸自を退職し、探偵社も辞め、
『いらっしゃい』
一人で店を切り盛りしている、痩せた顔に
『有難う』
俺は礼をいって頭をタオルで拭き、店内を見回し、
『いつもの』席を探した。
その席は表通りが一番よく見えるウインドのすぐ近くの二人掛けで、柱に一匹の犬・・・・かつてマスターの愛犬だった『トム』の写真がかかっている、俺の一番の気に入りの場所だった。
しかし、他の席は殆どガラガラだというのに、そこに女が一人座っていた。
年の頃、20代半ばといったところだろうか?
肩まである黒髪、シャープな面立ち。
切れ長の目、何か考え事でもしているのか、テーブルに
『悪いな、
マスターは少しすまなそうに俺に言った。
仕方ない。
俺はカウンターの止まり木に腰を落ち着け、キリマンジャロを注文すると、銀のケースを取り出して、中にあったシナモンスティックを咥えた。
相変わらず雨は降り続いている。
にもかかわらず、50メートルほど先の歩行者天国では、さっきから何やら妙な扮装をした連中が騒ぎまくっているのが、店の中にいても見える。
白い合羽姿の警察官が頻りに連中を誘導しようと試みているものの、一向に言うことを聞こうとする気配はない。
『今日は何の日だね?』
俺が訊ねると、マスターは
『万聖節、つまりはハロウィンだよ』
ぼそりと答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます