第2話 約束
今、ホームルームにて席に座っているのだが、どうしてだろうか? どこか既視感を覚える。
まあ、卒業した高校なのだからだろう。
しかし、ふと思い返そうとしても、俺の記憶には高校生活そのものが向き取られたように覚えていない。
それは、夢の中に入った影響で消えたわけではないだろう。
思い返せば、大学に進学し就職するまで、高校という単語を想起したことはなかった。
というのも、思い出すことが出来なかったと、今になってそう考えている。
あと少しで、先生のありがたーい話もそろそろ終わってしまうだろう。
夢なのだ。昔の自分を思い出す良い機会だと考えて、楽しむことにしよう。
授業がすべて終了した。
片手間で済ませてしまうほど、授業内容は簡単だった。これで高校のときの学力は消えていないな、と確信を持てた。
頭もぶつけてないしな、と思いながら席を立つと同時に、カバンを提げた朝の少女が話しかけてきた。
同じクラスのため、名前は座席表で確認済みだ。
羽島ゆうき。
「守谷くん!」
なぜこうまで、俺に話しかけてくるのは不明だが、朝や休み時間のときにも、その過去の自分というべきだろうか。それを演じてしまった。
ここまで来て、あなただれですか? と問えるだろうか。
少なくとも俺は無理だった。
無論、夢なのだが、あまりにも現実味を帯びすぎており、忍びないという気持ちが強くなる。
まだ、喧騒の残る教室内で話をかけてきてくださったのだが、飽くまで、俺は周りを伺うために視線を反らす。
そのときに、周りは何も反応を示さなかった。それは日常の一コマといった様子なのだ。
目の前の少女。羽島は目を見張るような可愛らしい少女だ。さらに、太陽を彷彿とさせる明るい性格である。
さぞ、モテることだろう。
そして、今、俺に話しかけているということで、何かしらの感情を覚えるだろうと、自分でも驚く冷静な頭が考えていた。
そして、その冷静な頭で思考する。
これは、俺の頭の片隅に保存された記憶ではないな、と。
そして、どこか現実を美化し、充実したものに昇華させたものではないか、と。
ただ、どうも記憶にあるのが、羽島の容姿と雰囲気。
聞いていて落ち着くソプラノの声。
高校生活。
どうしてしまったのだろうか……。
「どうした?」
俺はそう平静を装い返した。
これが正解だ。のはずだ。
休み時間のときに気を遣って話したら、微苦笑されてしまった。
重ねていうが、現実味を帯びすぎている。
自分の空想で創り出した世界でないかのように。
羽島が背を見せ、歩いていくのを追い、隣りまで着くと、話し始める。
「明日、映画見る約束、憶えてる?」
「あ、え、ああ、もちろん」
これは不意打ちというべきだろうか。
背後から拳が飛んできたことを想像してほしい。あなたはそれを華麗に躱しきれるだろうか? 不可能だ。謎のピンク色の髪のメガネの少年くらいしか、躱せないだろう。
話しが反れてしまったが、言いたいことは、これが俺の殴られた後の最善の対応だった。
「どれを観るんだっけ?」
明日は土曜日なのか、と思いつつ尋ねてみると、羽島はスマホを取り出し、時間を調べる。
検索結果が出ると、印籠を見せつけるがごとく、俺にスマホを向ける。
「これ!」
10:35〜12:05
ここまではいい。朝も早くなく、昼ごはんにつなげられるし、映画の話題で話が続けられる。
何でこんな出かけることに慣れてるんだ?と思いながら、かぶりを振る。
そうここまではいいのだ。
ただ、特質すべき点を挙げるとしたら――
題名が恋愛もののアレげなヤツだということ。
学園恋愛? それって、イケメンの20代俳優と美人の20代女優が10代を演じるアレだな。
一人で行くならば、積極的に見たくないジャンルではあるなぁ、と空に思いを浮かべていると、羽島は上目遣いでこう問う。
「だめ、かな?」
ああ、と俺は気圧され、首を縦に振る。
短い言葉でこの破壊力か……いや、短いからこその、という方が正しいかもしれない。
「うん、良かった!」
本当にホッとしながら話す羽島。
「久しぶりだね〜。二人で出かけるのは」
はぁ、と息を漏らしながら相槌を打つと、それに呼応したように、羽島はぱっと花が開花するように笑顔を咲かせた。
「最近、忙しかったしね」
何のことだ? なんて言えるはずもなく、それでいて、何も反応しないのはおかしい。ならば、と精一杯の返答をしながら話を進める。
「この間の、保育園の手伝い楽しかったなぁ」
俺は口が塞がらなかった。
なんだ、この善意の塊は! と。
そして、保育園の先生になりたいなぁ、と言葉を零した。
「ああ、そうだ。ごめんね。私の好きな映画ばかりで……」
思い出したかのように、俺の方を見つめ、申し訳なさそうに言った。
こういうとき、なんと言えば正解なのか?
何でも最適化を図る人類でも、こればかりは最適化され得るはずがないと、どこか逃避であるように思える思考を展開しながら、答えた。
「俺も観たかったやつだから、気にするな」
これが限界だった。むしろ、ここまでの台詞を言えた自分を褒めようではないか。
「そうなの? じゃあ良かった!」
物理的に輝いていそうな眩しい笑顔を見ながら、俺は思う。
これが正解だ、と。
それにしても眩しすぎる。
太陽の代替できるレベル。
ビタミンDを作ってしまうかもしれない。
「あ、着いちゃった……バイバイ」
おかしな思考が脳裏を過っていた頭を振り、我に返る。
羽島の家なのか、その前で立ち止まり、手を振っている。
俺は迷わず手を振った。
家に入るのを見送ると、俺は深呼吸というべきだろうか、大きな溜息をした。
なんというべきか、あまりにも、そうあまりにも、精神を擦り減りすぎた。
まあ、笑顔に癒やされていなかった、といえば嘘になるが、プラマイマイナスである。
慣れれば別かもしれないなぁ、と思うが当分は無理だ。
……当分……か。
この夢はいつ終わるのだろうか?
夢なのだ。次の瞬間終わるかもしれないし、もう少し先なのかもしれない。
ああ、と頭の隅から、夢で火星に行った小説があったな、と思い出した。
いや、と俺は否定する。
これは現実だ。
そして、あれはフィクションだ。
そういくら現実味を帯びすぎていようとも、夢なのだ。
夢だよな……。
俺は自分の家に向かって歩き出す。
不要な考えは燃えるゴミの日に捨てる予定だ。
地元の高校に通っているため、短い時間で家に着いた。
少し、驚愕する。
小学校、中学校は高校と違う方向である。
何が言いたいかといえば――
学校から実家に帰るための下校路という
――記憶が戻ったということ。
俺の知りたいのは、これではない。
でも、情報は多いに越したことはない。
ただ、頭の隅に追いやり、消してしまった現実。高校生活が、夢として体験できているのならば、これは有限である。
夢という有限の時間で俺は何を手にすることができるのだろうか?
貴重な情報を確保しなければ意味がない。
しかし、怖い。消えてしまった手にする恐怖が押し寄せた。未知のものを発見するときの怖さに近しいところがある。
それがあるから、夢から醒めてもいいかな、と思ってしまう。
こればかりは目標を立てられない。
そう心に留め、こんな自分に嘲笑しながら俺は、鍵を鍵穴に差し込み、ドアを開けた。
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