あの頃の記憶を。

白羽翔斗

第1話 夢の中


 これは夢だろうか?


 視界不良。ただ、暗闇が広がっている。


 そう思考したとき、俺はそれを否定した。

 自由に考えることができるのだ、夢のはずがない、と切り捨てる。


 だが、この違和感。


 四肢は疎か、瞼すら動かない。


 俺の一部の冷静な頭は金縛りというワードを想起していた。


 俺は金縛りなど一度も起きたことがないため、確信はないが、情報がそれを示してくれた。


 視野一杯真っ暗だ。何もすることができず、ただ、流れる時間。


 傍から見れば、寝てるだけなんだろう、と一人思う中、急に心臓がドクっと強く鼓動する。


 ほんの一瞬だけ嫌な予感。

 さらに言うのであれば、恐怖を感じたのだ。


 ただ、幽霊等の怪奇現象に怯えるそれではない。


 形容することのできない感情。


 思考を止めて数秒。

 真っ暗だった世界は急に光が流れ込む。

 

 光の奔流。それを手で掻くようにして前へ前へと進んでいく。


 全身が拒絶していたのを振り切って、ひたすらに。


 すると、全身が解放されたように、自由に動くようになった。


 そして、目を開ける――

 

 ――ここ、は?


 見覚えのない建物の前。

 いや――ここは学校だ。


 それも俺の卒業した高校だ。


 頭の中から懸命に記憶を引っ張り出した。


 どうなっている? 疑問が次から次へと溢れ出る。


 纏まらない思考。


「わっ」


 不意にというべきだろうか。

 意識を外に向けていない影響と、リュックを背負っているために、肩付近を軽く押された程度で前に転けるとは行かないまでも、重心が大きく傾いた。


 しかし、俺は押されたことよりも自分の声に驚きを隠せなかった。


 高校当時のどこか若さの残る声。


 夢、ここまで再現度が高いとは……。


「守屋くん‼」


 明朗な声が俺に届く。

 はっ、とその声に呼応するように振り返る。


 ――その刹那。


 顔を見るその瞬間。反射的に、無意識のうちに、一滴の涙が頬を流れる。


 自分ですら理解できない。


 これが何の涙なのかを。


 なぜ、出てしまったのかを。


 この眼前の少女は困ったような微笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。


 廊下を通る人は絶えず、煩雑に進んでいた。


 ただ、俺達の間の時間が止まったかのように沈黙が生まれる。


 そして、俺はこれを叩き壊す。


 こう切り出して――


「お前は……誰だ……?」


 記憶にない少女を前に誰何する。


 そこで一つの、しかしあまりにも大きすぎる疑問が俺を支配する。


 俺の高校生活の記憶はどこだ? と。


 小、中、大の記憶はあっても高校の記憶がすっぽり抜け落ちている。


「やだなぁ、そんな冗談は」


 正面の少女のこの言葉は友達に向けるそれ。見ず知らずの人に言う言葉ではない。


 はぁ、と小さく溜息をつき、冷静に対応する。


「あぁ、すまん」


 近くにある教室の時計を確認して、言葉を続ける。


「そろそろ、ホームルームが始まるし、教室に行こう」


 ホームルームと言う言葉を脳の深奥からサルベージに成功した。


「あ……ああ」


 突然の言葉に何を思ったのか、言葉を濁すように口を噤んだ。

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