オオカミが好きな人間
今まで、私が貴方を忘れたことは一度もないし、これからもきっと忘れられないのだろうと、そう思う。
「誰かー運ぶの手伝ってくれー」
村の誰かが助けを呼ぶ声が聞こえる。おそらくは作物のことだろう。
私は布を作っていた手を離し、その人の元へと向かった。
「ああ、あんたか、すまねぇなあ。」
「いえ、これでも私はこの村の人達に救われた身ですから、村の人達を助けるのは当然です」
「そうか、なら俺達は幸せもんだなぁ。こんなに可愛い子に手伝って貰えるんだからよ」
「そんな、可愛いなんて……お世辞が上手いですね」
「お世辞な訳あるかい。あんたならお城にいてもおかしくねぇって」
「ふふっ、そうですか。ありがとうございます」
「……おーい、そこのお前らも手伝え、こんな可愛い女の子に運ばせる気か?」
結局他の人達も手伝ってくれたけれど、作物を倉庫まで運び終えた頃には、西の空が燃えるように赤くなっていた。
他の村の人達がまだ作業をするなか、私は一人、自分に与えられた家に帰った。
――オオカミさんと別れてから、今年で五年経つ。
その間に、私は大きく変わった。それは、自分で分かっているところもあれば、分かっていないところも有るだろう。
もう私は自分が人間であることに疑いを感じていないし、自分を森から連れ出した村の人達にも感謝している。
……逆に私の中で変わっていないところというのは何処なのだろうか。
今の私はオオカミさん達と過ごしたあの日々を、どう思っているのだろうか。
ずいぶん早くに目が覚めた、まだ太陽は登っていない。忙しい時期ならばもう既に起きている人もいるだろうが、生憎いまはそんな時期ではない。
せっかくなので外に出てみると、凍えるような冷気を肌で感じる。
この時期、誰も起きていない時間に起きてしまうことが稀にある。
そんな時、私は森へと向かう。思い出の詰まった、あの森へ。
今となっては、この森は大部分が人間の土地として耕され、畑となってしまっている。
しかし全てがそうである訳ではない。森の一部は今も残っており、そこには森の動物たちが住んでいる。
森に行ったところで、何がある訳でもない。ただ当時のことを思い出して懐かしむだけだ。
その時、小さな声が聞こえた。とても小さい、助けを呼ぶ声が。
私はすぐに声の元へと駆けつけた、そこにいたのは――
「……っ」
今にも凍え死にそうな子どものオオカミだった。
――間に合わないと、そう思った。
だけど、だからといって何もしない訳にはいかない。
私はそのオオカミを自分の腕に抱え、しっかりと抱きしめた。
オオカミの子どもは、小さな体をさらに小さくさせて震えさせ、私の腕の中で必死で生きようとしていた。
「大丈夫、大丈夫だからね」
私はゆっくりと、しかししっかりと、そのオオカミの子どもを安心させようとしていた。
……やがて、私の腕の中で、震えが止まった。
私はそのまま暫く、その体を抱え続けた。
その子の墓を作り終えた時には、もう太陽はすっかり昇ってしまっていた。
しかし、まだ何か足りない。やはり、墓石だけでは寂しいというものだ。
「……あ、そうだ」
私は歩き出した、その思い付きを実行するために。
……思ったよりも時間がかかってしまった。けれど、これでいい。我ながらいいできだと思うのだ。
「うん、やっぱり素敵」
――墓石には、色とりどりの花で出来た、花かんむりが載せられていた。
人嫌いのオオカミ 四葉陸 @yotsubariku
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