オオカミと人間

 日常の終わりというものは、いつも唐突なものなのです。












 特別な日から一月ほどたったある日、オオカミは夜明け前だというのに大慌てでやってきた二羽のハトから、とある報告を受けたのです。


「人間が……」

「そうだよ、人間どもが今日、僕らの森を奪いにくるんだって」

「どうしよう、リーダー。このままじゃ、みんな殺されちゃうよ」

「バカ。リーダーが人間なんかに負けるわけないだろ?」

「…………わかった。お前たち、広場に森の奴らを集めてきてくれ。できるだけ全員だ」

「わかった、行ってくる」



 広場には、オオカミが頼んだ通り、森のほぼ全ての動物が集まっていました。彼らは皆一同に、オオカミの言葉を待っていました。


「みんな、聞いてくれ。人間どもが今日、我々のこの森を奪うためにやって来るらしい」


 森の動物たちは皆驚き、そして意見が別れてしまいました。

 先代のリーダーが殺された時からいる動物たちは、この森を離れ、人間のいない場所に移り住むことを望みました。

 しかし、若い世代の動物たちは、口を揃えて人間への抵抗を訴えていました。

 二つの意見が対立し、それぞれが叫ぶ中、オオカミはどの叫びよりも大きな声で呼び掛けました。


「俺を含む一部の奴らで、人間を足止めする。その間に、他のやつらは森の外へにげてくれ、足止め組もタイミングを見計らって離脱し、合流する」


 森のリーダーであるオオカミの意見に、異を唱える者は現れませんでした。森の動物たちは、思うところがありながらも、森から出る準備を始めました。


 朝のうちに準備を終えた動物たちはもう一度広場に集まり、森の外へ向かう合図を待っていました。


「オオカミさん…………」

「ああ、わかってる。俺はリーダーなんだ、絶対に全員生きてそっちにいってやるよ」


 オオカミの言葉を聞いた少女は頷き、集団の方に向かって行きました。それと同時に、動物たちは森の外へと歩き出しました。

 オオカミは残った数匹の仲間と共に、人間が来るのをじっと待っていました。


 太陽が最も高くなる頃、足音が聞こえてきました。

 オオカミたちは草むらに身を潜め、辺りを探します。

 人間たちは、すぐに見つけられました。五人程の集団で、何人かの手には鉄の筒があります。

 オオカミは人間たちが最も近づいたタイミングで、周りの動物たちにも聞こえるように吠え、人間に襲い掛かりました。


「うお、なんだこいつら!?」

「お、落ち着け、ただの動物どもだ」


 人間の内の一人が、鉄の筒をオオカミへと向けました。その直後、鉄の筒から爆音と共に弾丸が放たれ…………


「なにぃ!?」


 しかし、オオカミに弾丸は当たりませんでした。

 オオカミは知っていたのです。自分の両親がどのようにして殺されたのかを。

 かつては思い出したくもなかったことが今、オオカミの命を引き伸ばしていたのです。


「こいつ、弾があたんねぇ!」

「このオオカミには構うな! 他を狙え!」


 しかし、他の動物たち、特に若い動物たちは人間たちが使う武器についての知識がなかったのです。

 既に何匹かは弾丸の餌食となっていました。命を喪ってはいないものの、このままでは合流は不可能です。


 しかし、オオカミにはこうなることが予測できていました。少女にかけた言葉は、嘘だったのです。


「うおっ?」

「なんだ!?」


 瞬間、オオカミは大きく吠えました。撤退の合図です。

 動物たちは次々と奥へと消えて行きました。


 しかし、オオカミだけはその場を離れません。

 オオカミは、森のリーダーとして、自分一人の犠牲で、動物たちを守ろうとしたのです。


「後は、こいつだけだ!」

「やれ!!」


 鉄の筒の先が、一斉にオオカミへと向けられます。オオカミはこれら全てから出来る限り時間を稼がなければならないのです。


 もう一度、大きく吠えたオオカミは、そのまま走り出そうと…………


「待って!!」


 人間たちも、オオカミも、動きが止まりました。なぜならその声は、この場にはいるはずのない者の声だったからです。


「な……なんでこんなところに女の子が……?」

「き、君! 大丈夫なのかい!?」

「お前……」

「カルガモさんたちに言われたの。私はここにいるべきだって、初めはなんでか分からなかったけど……」


 少女は、この場にいる人間たちを見て言いました。


「私、人間だったのね。バカみたい……自分がなにかも分からなかったなんて……」

「違う……それは俺が……」


 言い欠けて、オオカミはカルガモの真意に気づきました。彼女は全て分かっていたのです。オオカミが犠牲になるだろうということを。

 そして、犠牲を覚悟したオオカミが、この状況でどう動くのかを。


「ああそうさ、俺は、俺たちは、とっくの昔に気づいていたさ。お前が人間だってことを」

「やっぱり……」

「うれしかったぜ。なんせ俺が殺したいほど憎んでた奴らが、目の前に現れたんだからなあ!!」

「…………」

「こ、こいつ! やっぱり人を……」


 人間たちの一人が引き金を引きました。

 しかし、オオカミはそれを回避し、オオカミは人間や少女たちと、かなりの距離をとりました。


「そんな弾丸もんあたんねえよ。どうする? お前たちが俺を殺せなければ、まずはこの小娘から殺してやる」


 そう言うと、オオカミは遠吠えを始めました、それは人間に対する威嚇であり、別れを告げる声であり、悲痛な叫びでした。


「お前……!」

「お嬢ちゃん、こっちへ来るんだ!!」


 少女はあまり頭がいいとは言えませんでしたがオオカミが何の目的で、この演技をしているのかは分かりました。

 彼らは少女を、元の人間としての生活に戻してやりたったのです。

 しかし、頭では分かっていても、心はそれについてきません。


「オオカミさん……オオカミさん……」


 少女は涙を流しながら、一人の青年によって、森の外にある人間の村まで連れていかれました。






























 オオカミの遠吠えは、しばらく聞こえ続けましたが、ある時を境に、聞こえなくなりました。

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