Ignorance happiness
少し時が経ち、女の子は少女と言ってもいいくらいにまで成長しました。
今の彼女にとって森の動物達は友人であり、仲間です。中でもオオカミとは本物の家族のようでした。
そして今日は特別な日なのですが、少女がいくら探しても、オオカミは見当たりません。
「おう、嬢ちゃん元気か?」
「こんにちは、イノシシさん。イノシシさんはオオカミさんを見なかった?」
「オオカミならさっき向こうの川の方にいたとおもうんだが……」
「そう、ありがとう。イノシシさん」
「いいって。そうだ、ちょっとこっち来い」
なにかと思い着いていくと、イノシシの巣にはたくさんの木の実がありました。
「わあ、こんなにたくさんの木の実を見るのは初めてだわ」
「今年は豊作でな。俺たちだけじゃ食べきれないだろうから、すまんが嬢ちゃんが他のやつらにも配ってやってくれ」
「わかったわ。改めてありがとう、イノシシさん」
少女はイノシシと別れ、川の方へ歩いて行きました。しかし、川に着いても、オオカミはいません。
「こんにちは、カルガモさん」
「あら、こんにちは。貴女はどうしてここに?」
「オオカミさんを探しているの。今日は特別な日なのに……」
「うふふ、そんなにむくれちゃて、可愛い顔が台無しよ」
「………………」
「そんなに恥ずかしがっちゃて。可愛いって言われただけなのに」
「カルガモさん!」
「あらあら、ごめんなさいね。リーダーなら今日は見ていないけれど」
「わかったわ。ありがとう、カルガモさん」
「いえいえ、どういたしまして」
お礼を言うと、少女はすぐに走り出して行きました。その姿が見えなくなった頃、カルガモが言いました。
「ほんと、あの娘に愛されてるわね、リーダー?」
「……そんなことはない。あいつはこの森の誰にでもあんな態度だよ」
川の近くの草むらから、オオカミが出てきました。
「貴方が大切だから、あの娘はこうやって森中を探し回っているんじゃなくて?」
「それは……今日があいつにとって特別な日だからであって、けして俺が大切だということではないだろう」
「貴方、本当に面倒臭いわね」
カルガモにピシャリと言われ、オオカミは驚いて固まってしまいました。
「そんなようすだから、あの娘が苦労するのよ」
「それは…………」
「それに貴方、まだあの娘に伝えてないでしょう。あの娘が人間だってこと」
「……………………」
「あの娘は貴方が気づいた後も、自分のことに気づいていない。森の動物たちもあの娘にそんなことを言おうとはしない。あの娘に言うとしたら、それは貴方の役目じゃないかしら」
「……もし本当に、俺があいつにその事実を伝えるのが役目だとしたら、俺はあいつには何も言わない。何も言わずに、これからもこうしてあいつと、お前たちと一緒に、この森で生きていくさ」
オオカミとカルガモは、しばらく互いに見つめあっていましたが、やがてカルガモの方が口を開きました。
「わかったわ、貴方がそういうなら、そうしておきましょう。なんてったって、リーダーの決めたことですからね」
「ああ。そうしてくれ」
「ところで貴方、どうしてあの娘が来たとき、かくれていたの?」
「…………それは、これを見られたくなかったからなだな」
そういうと、オオカミは自分の後ろの草むらから、あるものを取り出しました。
「あら、貴方これ……」
「そうだ、あいつだけには、見られたくないからな」
「うふふ、あの娘も可愛かったけれど、貴方も貴方で可愛いわね」
「俺が可愛いだって?」
「………………ほんと、あの娘が来てから、変わったわね」
「……そんなことはないぞ」
「あるわよ、だって貴方はもう、人間を恨んだりしていないでしょう?」
オオカミは、苦虫を噛み潰したような顔になりましたが、答えはすぐにでました。
「俺は、今でも人間が大嫌いだ。けど今は、全ての人間が悪いわけじゃない、そう思っているだけだ」
「そう、でも、あの娘はどうかしら」
「なんだって?」
「…………なんでもないわ。ほら、速くあの娘のところに行ってあげなさい。あの娘、多分まだ貴方のこと、探しているわ」
「言われなくても」
オオカミは、カルガモに背を向け、何歩か歩いた後、振り返って言いました。
「なあ、カルガモ。あいつ、何処にいったかしらないか?」
カルガモはおかしくなって笑いだしてしまいました。
結局、二人が出会ったのは、もう日がくれる頃でした。
少女は、腰に手を当て、頬を膨らませながらオオカミに問い詰めます。
「オオカミさん。何処にいっていたの?」
「ああ、悪かったな、ちょっと野暮用があってだな」
「ふーんだ。オオカミさんは今日が何の日かも忘れちゃったんだ」
「そんなわけないだろ? 今日は俺とお前が出会った、一年に一度しかない特別な日だ」
そういうと、オオカミはカルガモに見せていた、あるものを取り出しました。
「オオカミさん、これ……」
「ああ、花かんむりだ。お前に似合うと思ったんだが…………おい、なにしてる」
「なにってオオカミさんの頭に載せてみたの」
「何で俺がこんな可愛いものを着けないといけないんだ。これじゃリーダーとしての威厳がだな……」
「えー、オオカミさん、とってもとっても可愛いのに」
「…………はぁ、しょうがない。今日はこれをつけといてやるよ」
「うん、その方がいいと思うわ」
こうして、少女とオオカミにとって特別な一日は終わりました。オオカミは結局一週間ほど花かんむりを着けていて、他の動物と出会うたびにからかわれました。
オオカミは言いました。少女は自分の正体については知らなくてもよいと。 しかしもしも、オオカミが少女に真実を明かしていれば、この後の悲劇も、もう少しましなものになっていたのかもしれません。
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