第2楽章 『盲の少女と白い花』
「おっと、今日は、ガキんちょに足し算を教える日だったな」
農夫の青年は一人呟く。
娯楽のないこの農村で俺の唯一の楽しみと言って良い。
それに真似事であれ、先生と慕ってくれる
生徒が居るのはは嬉しいものだ。
「かーちゃん遊びに行ってくる。目見えないんだから、あんま無理すんなよ」
はいはいという感じで、軽くあしらわれる。
両目が全盲にも関わらず、村では按摩の仕事で
生計を立てて俺を育ててくれた自慢のかーちゃんだ。
今では盲の人たちに按摩の技術を教えたりもしてるみたいだ。
とはいえ、日常面ではやはり介護は必要であり、
俺は苦労をかけた分の恩を返したいと思っている。
「真似事とはいえ、ガキんちょは目を輝かして真面目に俺の話を聞いてくれるもんだから、授業は手抜きはできないんだよなー」
足し算を教える時に使う、小石を沢山ポケットに
詰め込んで少年は歩く。そんな少年に、
身なりの良い、銀髪の少女が語りかける。
この街では見かけない身だしなみの綺麗な少女。
貴族の子供であれば、無作法を働いたら
斬首にされかねない。地面に跪いて、こうべをたれる。
「あなたは生きたいですか? それとも死にたいですか?」
いつもの貴族の戯れの質問だろうか。
その類の人の命を弄ぶたぐいの質問ではないと直感する。
少女の言葉には有無を言わせぬ、強制力と神秘を感じた。
なぜだか、素直に答えなければいけない気がした。
「俺は、いままで面倒をかけてきた、目の見えないかーちゃんの世話をするために生きなければならない。だから、生きなければならない」
「そう。なら今日の勉強会は中止して今すぐに家に帰りなさい。それと当面のあいだ、そうね1年くらいは子供たちへの勉強会は中止して。それと、あなたのお母さんの職場見学にいって仕事を学んでみるのをお勧めするわ」
今までの経験から、これは間接的な
警告であると理解できた。貴族絡みで、
逆らうとろくな結果にはならない。
つまりは、これ以上活動を続けたら殺すぞ、
そういう事だろう。ガキんちょと遊べないのは
残念だが、さすがに従うしかあるまい。
職場見学の件は意味不明だが。
まぁ貴族の気紛れだろう。
「承知しました。いずこかのご令嬢と存じますが、こんな辺鄙な村にご足労どうもありがとうございます。つまらない村ですが、ゆっくりしていって下さい」
「本当に…………それでいいのね?」
一瞬。彼女の質問の意図を掴みかねた。
「はい。勉強会は当面中止、母の職場見学をする、ですよね」
少年の言葉を聞き届けると、少女は
それ以上は何も言わず、何事もなかったかの
ように少年の前を通り過ぎて行った。
「貴族の考えてる事は、庶民にとっては分からないね。ガキんちょ共には後日、謝ろう」
来た道を引き返し、とぼとぼと家路につく。
「かーちゃん。今日は遊ぶのやめたわ。なんか手伝うことある? あと明日職場見学に行ってもいい?」
職場見学は朝の農作業を終えた後なら問題なし。
村の回覧板の内容を読み上げて欲しいとのことなので読み上げた。
戦死者のお知らせ、中古武具の大売り出し、農機具中古品大売り出し、
たい肥売ります、新規入村者一名………全盲の女性と。
「全盲の入村者か珍しくはないけど、大変な境遇だよな。戦争の被害者かな」
その日は母親と自分の分の夕食料理と、
明日の朝食の下ごしらえを作って、
することもないので寝た。
「眩しい……結構寝たな。ってもう朝か。かーちゃんの職場に行けとか、貴族の人が言ってたな。暇だし農作業終わったら行くか」
一通り、朝の日課をこなして出かける。
道すがらガキんちょから小石を投げつけられたので、
一喝する。ほんとにしょーもないガキんちょ共だ。
「ここが、按摩の学校か。学校というよりごく一般的な民家だな。おじゃましまーす」
ドアを開けると、かーちゃんが
数名の生徒に口頭で按摩の授業を教えていた。
その中に、若い女の子が、
一人。村の回覧板………女の子?
…………ザザ…………ザザザ…………
脳の中に、存在しないはずの記憶が蘇る。
礼拝堂で…………俺は、殺された。
この記憶は…………ああ…………あの子は。
「ティア…………ティアなのか?」
「…………? ルー君? どこにいるの?」
ティアの片手を取り、両手を重ねる。
「ティア、俺はここだよ。分かるかい?」
「ルー君…………記憶は?」
「ある…………よ。まずは、あの日のことを謝らせて欲しい。あの時は俺の力不足のせいでティアを守れなかった本当に、ごめん。弱い俺が情けない、そのせいでティアに大怪我をさせることになった」
「ルー君謝らないで。私の方こそ、力不足で迷惑をかけてごめん」
「あの時は力足らずだったけど、今度こそ守るよ。そして今度こそ約束通り一緒に暮らそう」
ティアの目隠しの下から涙が零れ落ちる。
俺はティアを抱きしめる。
後ろから、かーちゃんと外野の
冷やかしの声が聞こえるが、
………いや、全然聞こえない。
「ティアも知ってるだろうけど、この世界は最悪な世界だ。だけど、その中でも少しはましな場所もある。俺が育てた花畑に連れて行ってあげるよ。目が見えなくても花の匂いだけでも感じて欲しい」
「うん。ルー君、私を連れて行って」
そう言って俺はティアの手を強く握りながら、
花畑まで連れて行く。心なしかティアの
手が暖かかった気がした。
「もうティアの手を、二度と離さないよ」
一面に白い花が咲き誇っていた。
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