終楽章 『AFTER STORY』

第1楽章  『とある都心の日常』

「はー。クライアントの納期に間に合わせるとはいえ、2徹目かぁ…………」


 キーボードを叩きながら、

 アラフォー中年男が一人ぼやく。

 今は朝の6時。だが一睡もできていない。 

 目の下にできたクマが悲壮感を醸し出す。


「残業規制云々で、最近は持ち帰り仕事で徹夜させられてるんだよな。この本末転倒は労基署的にどうなんだろうな? 正直会社で寝袋で仮眠とれてた時の方が楽だったんだけどなぁ」


 誰に言うとでもなくぼやきつつ、

 エンターキーをターンッと打ちつける。

 

 スマホを取り出しいつもの朝の儀式、

 ログインボーナスを取得する。

 クリスタルがあともうちょっとあれば、

 季節限の10連ガチャが回せる。


「ちょいめんどくさいけど、朝食買うついでにコンビニでアマカでも買ってくるかぁ。それにしても最近は耳鳴と眩暈が酷い……。会社の健康診断で要医療機関受診の項目も結構あったっけなぁ…………」


 パジャマ代わりに来ている部屋着のジャージの

 ままでコンビニに向かう。


 とぼとぼと歩く中年男性に、

 銀髪の少女が声をかける。

 道に迷った外国の子供かなと考えた。


 最近は小学生に挨拶をしただけで

 危険人物扱いされるご時世。

 

 中年男性は慎重に対応しないといけないと考えた。

 とりとめのない、まとめサイトのニュース記事

 なんかを考えていると、少女が中年に話かけた。


「あなたは生きたいですか? それとも死にたいですか?」


 唐突な質問である。回答に臆する。

 だが、不思議と少女の言葉に強い力を感じ答えた。

 普段なら無視をするところだがなぜだか、

 答えなければいけないような気がする。


「はは………物騒だね。おじさん、わざわざ死ぬほどの元気はないよ」


「もし、生きたいなら。今すぐ病院へ。この先の道を進んだ先に十字路があるの。そこを左に曲がって10m進んだところの病院、そこに行けばあなたは助かるわ」


 新手の小学校の罰ゲームかなとも思ったが、中年は答えた。

 容姿が周りと違うからと虐められているのかもしれない。

 そう思うと、可哀そうだなとも感じる。


「すまないね。今日中に仕上げなければいけない仕事があるんだ。職場の同僚が病気で休んでいるから俺が出社しないといけないんだ。でも、心配してくれてありがとう。土曜に病院にいくよ。それと、君もあまり知らない大人に話しかけない方がいいよ」


「本当に…………それでいいのね?」


「…………ん? ああ」


 それを聞き届けると、少女はそれ以上

 何も言わず、何事もなかったかのように

 男の横を通り過ぎて行った。


「……やっぱ。新手のいたずらか、虐めか。小学生も大変だなぁ」


 コンビニにで食パンと3000円分のアマカを買い、

 スマホにチャージする。配布クリスタルと、

 課金クリスタルで10連ガチャを引くためだ。


「お…………! 10連で2枚も限定引けた。今日は良い事がありそうだぞっと」


 家に帰ると、食パンを牛乳に浸して食べ、残りの牛乳を飲み干す。牛乳の賞味期限がちょっと過ぎていたが気にしない。シャワー室で髭剃りと洗髪と歯磨きを5分以内に済ませる。


「さて…………と。それじゃあ。行きたくないけど、行きますかね。会社」


 ジーパンと床に落ちている適当な

 ポロシャツを拾って着て、出勤する。

 いつものことだが、満員電車にはうんざりする。

 頭が痛い。社員証をかざして会社のゲートをくぐる。

 

「賞味期限切れの牛乳のせいかなぁ…………。なーんか悪寒がするんだよなぁ」


 小さく独り言を呟きながら席に着き、

 パソコンを立ち上げる。未読メール86件。

 溜息しか出てこない。いつものこなさなきゃいけない

 さぁ……ルーチンワークの始まりである。


「…………さぁん。ここんとこ、なーんかループするんすけど、バグっすかねぇ?」


「ああ…………そこ。データ送ってくれれば、俺が直しておくよ」


「ひゃはっ。いやー先輩! ほんと助かりまっす! 納期納期って客がうざいんすよー」


 役職はないものの先輩として頼ってくれる

 後輩のためだ、今日はネトゲのレイドイベが

 あったのだが仕方がない。

 

 自分の仕事を終えた後に後輩の仕事に着手する。

 なお、後輩君は「あざぁーしたー」と言って

 定時に帰ってしまった。まあ、よくある事だ。


「ああ…………。このループ思ったより直すの面倒だ。下手すりゃ3徹。それできゃ勘弁」


 今は夜の9時。残業規制もあって

 10時までには退社しなければいけない。


「あと1時間以内に終わるかねぇ。また持ち帰りか? これ。おもったより…………」


 キーボードを打っている時に、指先に違和感。

 ピリッとした痺れを感じた…………気がする。

 目の前の空間が歪む…………。平衡感覚もおかしい。

 キャスター付きの椅子ごと、ドサリと倒れてしまったようだ

 

「…………さん! 大丈夫で…………救急車…………今…………聞こえ…………」


 同じように遅くまで働いている同僚が声を

 掛けてくれているようだが、うまく聴き取れない。


 その時に今朝あった、外国の少女のことを思い出す。

 ああ。確かに、病院行く必要はあったかもね。

 あっけないものだ、そこで俺の人生は終わりを告げた。


「ここは…………どこだ。白い部屋、まさか、転生部屋!?」


 あたりを見渡すと、一面真っ白な殺風景な部屋。

 あの異能とかを提供される、見知った部屋である。

 目の前には見知らぬ女性。異能をくれる女神とかいうアレか?


「マスターですね…………! どうやって帰ってきたんですか!?」


 目の前の少女が声を掛けてくる…………。

 今朝あった少女とよく似ているけど、

 でも大学生くらいの感じの少女。


 ザザ…………ザザッ…………。

 

 あり得ない記憶が頭の中に割り込む。

 そう。一度、俺はここに来ている。

 カッツェ、リーン、オルガ、フウラ

 …………そして、ソフィア。

 大賢者。暗殺者。…………そして死んだ。


「…………君は………ソフィアなのか? 大きくなったと言えばいいのか何といえばいいのか…………」 


「はいソフィアです。わけあって自分の肉体を持つことができました。そして、あなたは私のマスター峰岸亨。以前の記憶はありますか?」


「…………頭はちょっとぼんやりとするけど。覚えているよ。それにしてもここは、転生部屋?」


「そうです。そして今は私が働いている場所です。せっかくマスターと再会できたのに、実は今急ぎこなさなければいけない緊急の案件がありまして…………」


「そりゃ大変だ。何やら忙しそうだね。俺に出来る事であれば手伝うよ」


「もしマスターが出来ればですが、ピアノを一緒に弾いてくれませんか?」


 ピアノ。母親に子供の頃に通わせてもらったけど、

 生きている間には役に立たなかった技術、その一。

 だって、披露する機会がなかったからなっ……!


「良いよ。ある程度のレベルの曲なら弾けるけどまず譜面を見せて………っと天国と地獄。10本の指じゃ弾けない、連弾用の譜面か。確かにこりゃ厄介だ」 

 

「マスター早速で申し訳ないのですが助勢を!………連弾フォーハンズ


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