第六章12 『さらば匣船』

「桐ちゃん、ミミちゃん守れたんだな」


「外道。その点は評価しよう」


「ありがとう」


「これから、どうするのか決めているのか?」


「法に則り裁かれるのが僕の最後と決めてはいたのだけど、僕が置かれている立場はそう単純なものではなくなっているということだね。僕は魔王として殺されていて、何にもない人間が今の僕ということか」


「外道。お前も地下室の一件で理解したと思うが、それでもあえて言葉で伝えよう。お前は誰に詫びても許される存在などではない。お前が傷つけた人間は、お前が近づくだけ、生きていると知るだけで、古傷と心をを抉られるだけだ。彼等にとっては時間だけが唯一の救い。心得違いをして、贖罪の旅などと出過ぎた真似をしようとは考えるな。私に言える助言はそれくらいだ」


「はは。地下室、絶妙なタイミングで助けてくれるとは思ったよ。やはり聞いていたか。そうだね、ソフィアの言う事は全て正しい。僕はこの世界で既に死人なのだから、出しゃばらずに静かに、与えられた人生を生きるよ」


「嬢ちゃんは、桐ちゃんにちょっと手厳しいな。嬢ちゃんの事情を考えれば、それを言うだけの資格も権利もあるのは理解するけどね、とはいえ――」


「ベオウルフ。私は一時的とはいえ魂と一体化していた人間だ。外道の思考パターンもある程度は把握している。その上での助言だ」


「そう……か。まあ、俺もあんまその辺りに踏み込むつもりはねーよ」


「それが賢明だ。ベオウルフ」


「おっと! 湿っぽい話になったな。こんな話ばっかじゃ暗くてつまらんよな。ただですら桐ちゃんの周りは年がら年中葬式みたいた雰囲気なんだ。そうだなあ……そうそう、恋バナをしよう。今日は……そういや、世間的にはそういう話をする日でもあるしな。たまには明るい話もしよう! そう、未来の話だ」


「未来……恋バナですか」


「いやまあ、思った通りの反応だけどさ。話が広がりませんなぁ。おい、桐ちゃん。ところでミミちゃんのことはどう思っている。好きなのか?」


「ミミのことは好きです」


「そこの返しには躊躇ちゅうちょしないのが意外だよ。いまいち感情表現が分かり辛いから、恋愛のプロフェッショナルの俺も図りかねてたんだけど、まあ良かったよ。そかそか、んじゃーそれならとっとと今ここで結婚しちまえ! ここはろくな場所じゃねーが、曲がりなりにも一応、教会の名を冠した場所ではある。それなら結婚の場としては十分だろ。最近の若い奴等は居酒屋とか、食事処とかで結婚式してるんだから、場所なんてどこでもいいんだよ」


「ベオウルフさん、指輪がないです」


「所詮は書類上の契約ごとだから指輪も別に必要は無いとは思うけど、それもあんまり夢のない話か。家出してどっかに行っちまった嫁が当てつけのように結婚指輪を残していったから、いま手元に新郎新婦用の2つの結婚指輪が有る。そのお古を桐ちゃんと、ミミちゃんにくれてやるよ。結婚なんて勢いだ、とっととやっちまえ!」


ベオウルフさん、あなたは破局して

いるじゃないかと突っ込みたくなったが、

さすがに殴られそうなので大人しく従う。


というか、自分では切り出せない類の

話題なので、感謝すべきなのだろう。


「ミミ、ムードも無い中でこんなことを言うのは申し訳ないのだけど、僕と結婚してくれないか。ずっと、ミミと一緒に暮らしたいという意味だ。死人として生きる僕と、日陰者として生きる生活、とても幸せな人生にはならないと思う。それでも良いと思うなら、一緒にいて欲しい。これは僕のプロポーズだ」


「いーよ」


「おお……ミミちゃん、即決かよ」


「ミトスフィア女史。このいい加減な賭博狂いに乗せられてノリで判断するのは危険だぞ。結婚は契約事だ。第一この破滅的な男は、嫁に逃げられた男だぞ。それに、結婚相手はよりによってあの外道だぞ。そんな簡単に決めて、大丈夫か?」


「ソフィア、女は度胸。勢いだよ」


「むっ……。そう言い切るのであれば、反対はしないが……全て、暗い未来までひっくるめて覚悟ができているということなのだな」


「もちもち」


コホンとベオウルフが咳払いをする。

とりあえず、お前ら黙れという合図。


「それじゃ、俺が牧師役をつとめてやるよ。なーに、まともな結婚式の牧師だって、ぶっちゃけ本業じゃない日雇い労働者だ。俺がやっても問題なかろう」


ベオウルフは一息ついて続ける。


「新郎桐咲、あなたはここにいる新婦ミトスフィアを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「誓います」


「新婦ミトスフィア、あなたはここにいる新郎桐咲を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


「誓います」


「新郎から新婦へ」


 桐咲はひざまずいて、

 ミミの薬指に指輪をはめる


「新婦から新郎へ」


ミミは、桐咲の薬指に指輪をはめる


「そじゃ。あとはお楽しみの、チュウだ。まっ……大先輩の経験から言わせてもらうと、さっきの二人の宣誓は100%守るのは不可能だからな! 神様に対する結婚後、最初の嘘になるわけだが。まー現実的にみんなそうだから安心しろ! 俺が保証する」


この人は……ほんとに……。

途中まで真面目だったのに

途中から、台無しである。


だが、緊張していた気持ちが、

少し軽くなったのも事実。

指輪の件も感謝すべきであろう。


「それじゃ、ミミ」


ミミは目をつぶっている。

僕はミミを両手で抱え上げ、

おでこにキスをする。

133cmの愛おしさ。


「千年経ったら帰っておいで 千年経ったらその意味分かる」


「ミミ、その詩は?」


「ミミのママが私をコールドスリープする前に読んでくれた詩の一節……。その意味は分からなかったけど、何となく好きだった詩。ミミはいまその意味が分かった気がするよ」


「そうか、僕にはさっぱり分からないけど、ミミが何か分かったのであれば良かった。僕は、単純に幸せと感じている。だから、ありがとう」


ベオウルフがにやつきながら、

若い二人の門出を祝う。


「それじゃ、俺から結婚祝いのご祝儀だ。この綺麗な虹色の硝子ガラス玉。桐ちゃんにくれてやるよ」


硝子ガラス玉ですか、きらきらしていて綺麗ですね。どうもありがとうございます」


 手の中でコロコロと転がす。

 虹色にきらきらと複雑に光る、

 綺麗な硝子ガラス玉。


「すまぬな、準備がないから私から渡せるものは自作の詩集しかない。私からの、その……結婚のお祝いの品だ。一生懸命作ったので読んでみて、感想が欲しい」


ミミは、パラパラと開いて読む。

あまりに乙女チックなポエムで

うわぁ……。と思ったが、

表情に出さずに笑顔で受け取った。


「ありがとう! ソフィア。とても、キュートな詩だね。大切にするよ」

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