第六章3  『魔王の帰還』

「想えば、この世界に来てミミと出会ってからは、本当の意味で僕が一人でいることって少なかったのかもな。隣にいないと寂しいものだ。無事でいてくれよよ、ミミ」


 珍しく感傷的な独り言をつぶやく

 そんな桐咲に、声をかける者が一人。

 ここは教会と街を隔てる壁の前。


「お前は第零課正史編纂室マドギワ変人ミミの部下の桐咲か。車いすでご帰還たあ、随分と余裕そうだなあ」


「こんにちは。そしてさようなら」


 バシュッ


「は……れ……?」


 車いすの肘当ての先から

 射出される仕込みナイフ。

 ブレーキレバーに偽装した

 トリガーを引けば

 ノータイムで射出可能――。


「もったいないから使えそうな武器とかあさっておこうかね」


 死んだ教会の暗殺者の死体を

 あさり車いすの背面

 ポケットに入れる。


「門を開けてくれ。僕は元教会所属の桐咲 禊だ」


「執行猶予付きの犯罪者を入れるはずねーだろ。アホも休み休み言え」


「だよね。さようなら」


 ボボボボボボボーン


 桐咲が事前に壁の内側に

 仕掛けていた火薬が連鎖的に爆発し

 教会の外と内を隔てる壁が

 崩れ落ちる――。


「防滴対策はしていたが火薬が実際に機能して安心したよ」


 この仕掛けた罠は、転生者峰岸亨みねぎし とおる

 の暗殺よりも前に仕掛けた罠。


 桐咲は、はなからこの組織に対しての

 忠誠心などというものはなかった。

 教会は世界で最も恥ずべき暗部。


「なにごとだ!!」


 わらわらと教会の中から

 有象無象が這い出して来る。


「暗殺者なのに――警戒心が足りなすぎるね」


 カチリ


 男たちがいた周囲が爆発。落下。

 落とし穴――いやただの落とし穴ではない。


 中にはびっしりと鋭い断面をした

 木の杭が剥き出しになっている。

 何百というを持つ穴が大口を開けている。


 幾百の木の杭が暗殺者たちを

 咀嚼そしゃくせんと

 大口をあけ今かと待ち受ける。


 カッツェ暗殺の前に街の路地裏に

 仕掛けていた使われなかった10の罠の一つ。

 用意周到なこの男が教会に仕掛けていないはずもない。


「ぎぃゃぁあああああああ」


「ひーふーみーやー……10くらい? 燃える火ガソリン火付け棒マッチ


 苦悶の悲鳴をあげる暗殺者たち、

 体の脂と、この者達を串刺しに

 している木の杭。全てが可燃性。

 よって――まもなく悲鳴も聞こえなくなった。


「さて、ここまではシミュレーションと準備通り。だけどこれだけ大暴れすれば、さすがにここから先は相当な警戒がされることを想定しなきゃいけないね」


「桐咲――貴様戻ってきたのか。唯一他国に逃げおおせる機会を捨て、愚かな」


 いかにも力自慢といった感じの

 暗殺者が桐咲の前に立ち塞がる。


「いや、教会が各国に密偵スパイ送っているしそれは無理」


 桐咲はムリムリという感じで

 フレンドリーに男の言葉を

 あしらう感じで手を左右に振る。


「ふん。その程度のことを考える頭ぎぃゃあああああああ」


 蜘蛛アラクネの糸が

 首の頸動脈を寸分違わずに切り裂く。

 最小限の殺戮。


「手を振ったのは風に乗せて糸を飛ばすためだけ。君の言葉のリアクションのためじゃないよ。暗殺者なら指の先はよくみてなきゃ駄目だよ」


 車いすのタイヤを

 手押ししながら進む。


「おっと、正門から入るその前に、ボイラー室に仕掛けをっ、と……」


 堂々と卑劣に正門から入る――。


 当然、外の騒動を知っている

 施設内部の暗殺者達は、

 門が開かれると同時に

 おびただしい数の投擲物を投げつける。


 チャクラム、投擲ナイフ、

 クナイ、マキビシ、毒矢、

 硬貨、トランプカード等々


 何十という投擲物が殺意を

 持って桐咲を襲う。


肉の盾ヒューマンシールド


 教会の外で襲ってきた大男を

 盾に使い防ぎきる。


 投擲物の嵐が止まるとみるや、

 車いすに座ったままで前蹴りで

 盾男を前蹴りで思いきり蹴り飛ばす。


 桐咲は蹴り飛ばした反動を使い

 後退し物陰に隠れつつ一人つぶやく。


「どらい、つばい、あいん。ぼん」


 ズドン―


 盾男の内部から爆裂音。

 内部に仕掛けられた

 夥しい数の小石の粒が炸裂する。

 

 当然盾に投げつけられた、

 おびただしい数の刃物は

 爆発によって、無数の

 暗殺者を殺戮する。


 校庭で拾った盾の男と、砂利と

 爆薬を使った即席の爆発物。


「……いったい……何が」


 全身蜂の巣状態の男が状況を

 理解できずに声を発する。

 桐咲は答えない。


「噂には聞いていたけど、トランプや硬貨を投擲武器に使う暗殺者が本当に居るとはね。右の方は僕はあまり僕の仕掛けがないから、遠回りになるがここは左側から進むか」


 車いすの殺戮者が廊下を進む。

 しばらく道なりに進む――その先に

 あるのは、第零課正史編纂室。

 彼のもっとも長い時間過ごした場所だ。


「懐かしいね。ミミはもういないだろうけど、もしかしたら何か手がかりを残してくれている可能性もある。中に入ってみようかね」

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