第六章4  『カラスと黒猫』

 第零課正史編纂室。ミミの研究室。

 意外なことではあるが部屋は元通りで、

 特に部屋を荒らされたような様子は無かった。


「ミミは僕にはここに来るなと厳命しているのだから、僕へのメッセージはないのだろうけど、何かミミの居場所の手がかりになるものを探さなきゃだな。っとその前に……扉を破られないようにと」


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 密室世界に  出口なし

 此処に在るは 動機のみ


 舞台役者は 犯人ピエロ探偵クラウン

 扉は閉ざれ 幕は開ける


 「密室空間」ヴァンダイン二十則

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 習熟度次第で孤島全域を外部の世界から

 切り離すことが可能な外法。

 桐咲には、この部屋という概念を

 隔絶領域にするのが精一杯だが、

 それで何も問題はない。


密室遊戯ミステリー。便利な能力だ。探偵遊戯ミステリー自体はあくまでも外法が記述された魔導書。他の異能のような異物感がないのが助かる」


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 眷族召喚:シュレディンガーの猫

 眷族召喚:ヘンペルのカラス

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 小さい黒猫と、カラスの雛が現れる


「思ったより、小さいね……。僕の素質だとこの程度ということかな。猫ちゃん、カラスくん、部屋の魔力反応の痕跡を探してください」


 黒猫が足にすり寄ってから命令に従う。

 カラスの雛は飛べないのか、

 パタパタと二足で歩いて

 どこかに行ってしまった。


「魔力反応の感知は僕には出来ない。武器の補充をしようか」


 蜘蛛アラクネの糸。

 ミミからもらった僕の

 唯一のアドバンテージ。


 最初は糸に触れるだけで

 出血していたが、慣れてからは

 あやとりまでできるようになった。

 今は体の一部のようなものだ。


 太古の昔に銀髪の深淵の巫女アトラナート

 の髪を切って造られたもの

 だという逸話のある武器だ。


 その特性は切断と、結合。

 元は髪だったものを長い

 一本の糸として加工できる

 のはこの糸の結合の特性による。


「ここにある蜘蛛アラクネの糸のストックは全て回収しておこう。他にも因果応報剣フィードバッカー、投擲用ダガー、爆薬、鉄片、毒薬っと……ついでにあれもしておこうか」


 ――神槌エンチャント


「なんとなく強度があがった気がする。気のせいかもしれないけど。さすがにある程度の効果は期待できるだろう」


 なおーん。

 黒猫が足元にすり寄り

 何かを伝えようとしている。


「猫ちゃん何かを見つけたのかい?」


 無言でとてとてとミミの研究室に向かう。

 椅子を踏み台にして、机の上にある

 本の上でもう一度、なおーん。と鳴く。


「ミトスフィア・ミーリアの日記。人の日記を勝手に覗いてはいけない気がするけど、手がかりになるかもしれないから読むか。ミミごめん」


 本を開くと空中に術式が現出、

 日記は燃え――灰となり、消えた。


「なんかまずいことをしたかな……?」


 カラスの雛が風呂場の方から

 両足跳びでピョンピョンと

 かけよってくる。


 僕の前で小首を傾げると、

 再び僕に背負向けて

 風呂場に向かってピョンピョンと

 向かって行った。


 僕はカラスの雛の後を付けると

 そこは風呂場であった。


「こりゃ凄いや。体が小さいからとは言え、ミミが泳げるくらいだから凄い大きさの風呂だなあとは思っていたけど、こんな仕掛けがあったとはね」


 風呂の浴槽の大理石の床が左右に

 分かれ地下に通じる

 スロープが現れていた。


「ミミが地下に避難してくれているといいんだけど」


 桐咲は地下通路に糸を飛ばし、

 罠がないかを確認。


 桐咲にとって糸は猫の

 髭のような触感センサー

 として機能する。


 一通り確認したところ、

 目立った罠のような

 ものは無さそうなので、

 そのままスロープを降りた。


 ◆◇◆◇


 地下通路を降りるとそこは、図書館としか言いようのない空間であった。夥しい数の本が本棚に納められている。適当に本棚から一冊取り出して軽く読んでみたが、まったく理解できなかったので、本棚に戻した。


 地下を歩いていると視聴覚室という部屋を見つけた。全面にディスプレイが備えつけられており、この教会内の施設のいたるところを見ることができるような仕組みとなっていた。第零課正史編纂室前を映したディスプレイには扉を破ろうと多くの暗殺者が群がっていた。


「引き籠りのミミでも、この部屋があれば授業に参加できるから便利だね。頭の良いミミには必要のないことだろうけど。さて、思った以上にこの地下空間は広さがあるね。空間の把握のためにも糸を飛ばしてみようか」


 目をつぶって糸の感触に神経を集中し部屋の空間構造を把握――。遥か奥の方の壁に他とはことなる感触を感じる。


「隠し扉かな。ミミが居るかもしれないし入ってみるか」

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