第六章1  『メイド長の闘い』

 零課正史編纂室最終防衛ライン


 ミミの護衛メイド長エリスを

 異形の暗殺者4人が取り囲む。


「殺されたくなければロストナンバーミトスフィア・ミーリアを大人しく渡せメイド」


「答えるに、あたわず」


「ふん。ロストナンバーミトスフィア・ミーリア桐咲に破れたメイド風情が俺たちに勝てると思っているのか?」


「さて、それはどうかな。意識がなかった頃の私と、万全の状態のいまの私の刀の冴えが同じだと思わぬことだ。語るのも飽きた――身をもって教えてやろう」


 足のくるぶしまでかかるほど長い

 メイド服のロングスカート内の

 左右の両太腿に備えつけてある

 ナイフホルダーから両手に5本づつ

 投擲用ナイフを抜き取り4人に向け投げる。


 ――10の投擲物が暗殺者を襲う


 4人のうちの一人は脳天に

 突き刺さり即死。もう一人は

 頸部の大動脈を裂かれ

 首を抑えているが間もなく、死ぬ。


「ひひ。器用だなメイド。だがそんな小さい得物は俺っちには当たらねぇな」


 1メートル程度の小人の

 ナイフ使いは言いきる。


「そうかしらね」


 小人の暗殺者は、小柄な

 体系を活かした俊敏さで

 足元を狙って攻撃をしかける。


 エリスはまるで踊るように

 その場でつま先立ちになり

 体を高速でひねる。


 必然ロングスカートが浮き上がり……。

 草刈り機のように空中で回転する。 


 暗器――フリルの内側に仕掛けられた

 おびただしい数の刃が男の喉仏を抉りとり、絶命。


「スカートが汚れちゃったわね。あと一人」


「調子に乗るなメイド! ならば我も本気を出すまでよ!」


 2メートルを超える異形の暗殺者の本気。

 両手持ちの長剣トゥーハンデッドソードを抜剣。

 暗殺者には珍しい大型の得物を大上段に構える。


 奇しくも二人とも、即死狙いの大上段の構え。

 一歩――二歩。両者ともに、すり足で歩み寄る。


 エリスの足の動きはロングスカートに

 阻まれ、男には読み取ることが出来ない。

 男の注意がエリスの足の動きに向く――刹那。


 ザン


 ほぼ同時に剣と刀が振りおろされる。

 両手持ちの長剣トゥーハンデッドソードもろともに真っ二つに両断。

 左右の胴体が綺麗に真っ二つに分かたれる。

 わずかな判断の遅れと、刀剣の性能の差。

 死すべき理由があり、この男は死んだ。


「岩をも両断するこの一刀遣いワンフォーオール。甘く見たのがあなたの敗因」


 第零課正史編纂室の扉を開け、

 ミミの生存を確認し

 必要な情報を一息で伝える。


「ミトスフィア様! 一刀十傑衆が第零課正史編纂室を守っていますが――このままでは守れ切れません! 刺客はすでにこの部屋の扉の前まで攻めてきています! ただちに私と退避を!」


「ありがとう。だけど私は大丈夫、エリスさんだけでも逃げ――」


 ミミはその言葉を言い切ろうとして、

 その言い方ではエリスは決死の覚悟で

 ここに留まるだろうと考え、言い換える。


「いや。必ずこの国から出て、桐咲を探しベオウルフに救援依頼するように指示して下さい。そして、しばらくの間はこの国に戻らないように伝えてください。エリスさんあなたも同様に」


「しかし――」


「エリスさん、これは私の――お願いです。頼みます」


 ◆◇◆◇

 ヘルメス近郊某所


「桐先さん申し訳ございません。ミトスフィア様の護衛を任されていた一刀十傑衆は壊滅……ミトスフィア様もいまは教会の施設に囚われています」


「――分かった。今すぐにイリアスに戻り、ミミを救出する」


「やめて下さい! ミトスフィア様からも桐咲さんにはイリアスに戻らないように伝えるようにと厳命されております! まずは桐咲さんはご自身の身の安全を」


「今の話を聞く限り時間が無い。判断は変わらない。僕はイリアスに戻る」


「――っ! 私はあなたが戻っても無駄だっていっているんですよ! あなたは一刀十傑衆が全員と闘って勝てますか? 無理でしょう! 今教会に戻るということはそれ以上の脅威と立ち向かうということです! 冷静に考えて下さい!」


「――勝てないということが、僕がイリアスに戻らない理由にはならないよ。僕も元は教会の人間だ。その教会が牙を剥いた危険性は十二分に理解している。だけど僕は行く」


「ミトスフィア様からも、桐咲さんはベオウルフに救援を頼み、あとは国外で待機するように言われてます。私たちが最優先ですべきことは、ベオウルフへの救援依頼です」


「ああ。そうだねエリスさん。それが間違いなく正解だ――だから僕より確実に強くて、賢い二人にお願いだ。ベオウルフさんの居所は分からない。だから手分けして彼をいち早く彼を探し出し――イリアスのミミを助けに行くように依頼してくれ。お願いだ」


「外道。自分の言っている言葉の意味は分かっているのか?」


「分かっている。僕がやろうとしていることはあくまで時間稼ぎだ――。だからソフィアとエリスは、最も重要なミミからの命令を僕の代わりに果たしてくれ」


「死に場所を求めるか、外道」


「僕には死に場所などという高尚な物、必要無い。それミミを助けるまで死ぬつもりもない」


「外道。ミトスフィア・ミーリア女史の命は特別視するということか。貴様は人の命の重さを自分の尺度で区別すると――そう言うのだな」


「ああ。もとから――そうだ。僕は正義ではない。そのような振る舞いは正義が行うべきことだ。僕は、自分がしたいと思うことしかしない」


「ならばし。外道は外道らしく最後まで修羅の道を進むがよい。――ミトスフィア・ミーリア女史のことは、頼んだぞ」


 ソフィアからそんな言葉を

 掛けられる日が来るとは

 想いもしなかったが……

 僕は言い切る。


「もちろんだ、ソフィア」

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