第五章18 『無名祭祀書』

 ヘルメス北部聖堂教会内


「天使に会う前に、まずは聖遺物の回収だ。宝物殿に行く」


「緊急事態とはいえ宝物殿前に見張りくらいはいるんじゃないか」


「なに。見張りの2、3人くらいは問題にはならない。宝物殿に置いてある物はあの天使にとっては無価値なものだ」


 宝物殿前に到着。案の定ではあるが見張りが2人張り付いている。


「どうするソフィア」


「こうするまで――刀剣召喚ダウンロード隷剣スレイヴァ―』」


 何もない空間から刀剣を

 抜き出し構え――駆ける。

 コンマゼロ秒の出来事。 

 感ずかれることなく2人を斬りつける。


「あの2人は大丈夫なのか……?」


「なに皮膚をかすめただけ。猫に引っかかれた程度のかすり傷だ。これでこの宝物殿は顔パスで素通りすることができる。この一件が終われば隷剣スレイヴァ―も解除する」


「そうか」


 ソフィアの言う通りであった。

 宝物殿の開錠までしてくれた。


「宝物殿というか……ここは物置小屋だな」


 そこそこの広さの宝物殿だ。

 ここで探し物をするのは

 大変そうではある。


「基本的には祭事用の道具の保管庫だからな。金目の物はないさ。ところで外道。あの薬は飲まなくて大丈夫なのか。ミトスフィア・ミーリア女史から飲むように言われていただろ」


レッド・タブレット末期発狂制御剤か。あの地下室の一件があってから幻聴も聞こえなくなった。今は必要ない」


 古びた壺の前でソフィアは立ち止まる。


「微弱な魔術防壁の反応をこの壺から感じる。もともとは強固な封印だったのだろうが、年月が経ち封印がほころんでいる。いまなら魔術での開錠も可能であろう。”開錠ロックスミス”」


 無詠唱魔術の発動――。


 魔術イメージを言語化せず

 直接顕現させるソフィアの能力。

 刀剣召喚もこの応用なのだろう。


「ソフィア。壺の開錠できてないね……」


 ソフィアは無言で壺を拳骨で叩き壊した。


「私が探していたのはこの匣だ。外道」


「そうか。見つかってよかったな」


 本一冊入る程度の銀の匣。

 経年劣化でくすけているし

 この匣にそれほどの価値が

 あるとは僕には思えなかったが、

 何らかの意味があるのだろう。


「ソフィア。この匣にも鍵がかかっているね」


「”開錠ロックスミス”」


 ……。


 指は指先が器用に動かせないが、

 僕は錠開け専用鉄具を口に

 含みカチャカチャと開ける。


 ガギリと錠が開いた手応えを感じる。

 匣の中には一冊の古ぼけた本があった。


「古びた本があるね」


「これが私が探していたものだ」


「それは一体何なの?」


「聖遺物だ。無名祭祀書ヘルメス文書――すべての聖典の原点ではあるが、世に広まった聖典の内容に反する内容が多いため邪教徒の教典として禁書扱いになった代物。こうも杜撰ずさんに扱われているとはな」


「そうか。見つかってよかったね」


 このあたりの下りはミミとの日常で

 慣れたものだ。分からないことには

 あまり突っ込まない方が良い。


「読むぞ――」


 ソフィアは本に手をかざす。

 無名祭祀書ヘルメス文書が仄かに光る。

 何らかの方法で内容を読み取っているのだろう。


「――読了インストール。なるほど……。外道、本の内容は理解した」


「ソフィア。質問してもいいか?」


「この本の内容についてのことか?」


「いや。普段ソフィアは本を普通に読んでいるけど。その能力使えばもっと早く本を読めるんじゃないかと思って」


「違う。あれは本を――物語を味わっているのだ。本来はこのような能力を使って本を読むというのは読書家としては無粋の極み。だが、今はそういう状況ではなかろう」


「そうか」


 僕はよく分からないのでそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る