第五章16 『無光の鬼神』

 永世中立国ヘルメスにて


 たちこめる悪臭と、奇声――。

 視力のないティティアにとっても、

 この状況が明らかに異質である

 ことが理解できた。


「第三師団長、状況の報告を願います」


「元帥、ヘルメスは尋常ではない数の不死者アンデッドの軍勢に支配されています。その数は把握不可能。多勢に無勢、包囲戦は不可能です」


 この側近も真理啓蒙エンライトメントにより、地獄とはなにかを理解している者である。その者ですらこの光景に困惑を隠せないようであった。


「各師団長に伝令。第1師団から第5師団は5000の魔獣と共に不死者アンデッドの制圧。第6師団から第8師団は2000の魔獣と共にをヘルメスの生存者の発見および保護。第9師団は500頭をアストラの捜索に。第10師団と残りの魔獣はここで待機。指揮は一番隊から十番隊までの各部隊長に任せます。どんな情報でも構いません――分かり次第、報告願います」


 戦場に居る兵士も魔獣も全員が骨剣流オールドスタイルと、無限剣ワイルダーの習得者。このような地獄でこそ本領を発揮する精鋭たち。だが――


「何か……おかしいわ」


「4番隊より――。不死者アンデッドに神聖魔術が無効との報告あり」


不死者アンデッドに神聖魔術が効かないなんていうことはありえない。やはり……何かが明らかにおかしいわ」


 入ってくる情報だけでは状況が把握できない。考えていても仕方がない――ティティアと第10師団は瓦礫の街を進む。


 今のティティアは目が見えなくなった代わりに聴覚と嗅覚の冴えは増している。そのティティアの耳が捉えたのはあるをとらえた。


 ほとんどが意味をなさない

 ノイズでしかなかったが、

 そのなかで彼女が何かを聞き分ける。


「ぐるじぐるじ……ごろでぐだざぁい」


 不死者アンデッドの意味を成さない奇声にしか聞こえないを……ティティアは人の言葉であると理解できた。視覚情報がなく聴覚情報のみのティティアだからこそ可能だったことだ。


 


 ティティアは詠唱を開始する


 ***************

 断て精神と 肉の繋がりを

 肉の牢獄より いま解き放て


 痛覚遮断ペインキル

 ***************


 それは――優しき言葉。


 ティティアはその魔術を

 異形に向かって詠唱する。


 その詠唱はここ地獄では

 唯一の救い。


 異形は涙を流し感謝をする。

 まだ人としての理性は残っている。


「そこの方。会話することはできますか」


「びがりがぁ……。びんな……ばげものになだぁ」


 


「あなた方はヘルメスの民なのですね」


「ばぁぃ……」


 この異形の者たちは……ヘルメスの民。

 なんらかの事態でこのような姿に変異している。

 それを理解し、元帥として全軍に指示を出す。


「1番隊から5番隊師団長に緊急伝令。制圧戦から防衛戦に移行。自衛以外での武力行使を禁じます。異形の者には痛覚遮断ペインキルの詠唱が有効。魔力の許す限り痛覚遮断ペインキルを詠唱し続けなさい。他の隊も1番隊から5番隊の支援を願います」


 第一師団から第十師団までの全兵が真理啓蒙エンライトメントの経験者。全兵と魔獣が初級魔術である痛覚遮断ペインキルの詠唱が可能。


 何千という兵による詠唱の同時展開。異形達の奇声や悲鳴は徐々に小さくなりやがてほとんど聞こえなくなった。痛みによる錯乱から襲ってくる異形もいなくなった。


「ルー君が残してくれたものが、今も皆を守っているよ」


 ティティアは一人そう呟いた。

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