第五章15 『パンドラの匣庭』

 ここは永世中立国ヘルメス。


 パンドラという天使の少女が

 統治する国である。


 パンドラという少女は、無に帰す光大量破壊兵器

 によって蹂躙され破壊され尽くされた

 無惨な自国を天空から見下ろす。


 怒り、嘆き、絶望、後悔、虚無


 少女の求める全てがここには有る。

 あまねく宝石で敷き詰めらえた美しい世界。


「一瞬でこの地獄を創り出すなんて――この世界も侮れないわね」


 微笑みながら彼女は語る。


 パンドラの転生時に得た異能は

 自分が統治する領地のみにおいて

 条理を覆す奇跡を一つだけ再現

 できるという能力であった。


 その異能の名は『匣庭の法パンドラの統治


 彼女が自分の国を欲したのは、

 自分の望む匣庭はこにわを創り出す

 ことにほかならなかった。


 パンドラはかつては天界という

 楽園ディストピアに生を受けた。

 彼女にとって、そのすべてが虚飾に満ち

 醜悪で傲慢で耐えがたいものであった。


 だからこそ、この世界で自分の理想を

 実現する自分だけの国を欲したのだ。


「死は一瞬のきらめき。美しい――だけどすぐ泡のように消えてしまう。美しいものはずっと大切にはこにしまっておかなきゃ。だから、わたしの統治するこの国においては……私が許可を与えるまでは壊れることを許さない」


 パンドラが「匣庭の法パンドラの統治」を

 行使して叶えた願いは、彼女の統治する国内

 では彼女の許可なしに何人たりとも死ぬことはできない。

 というものであった。


 つまりは。


 パンドラの統治下にある人間たちは

 死ぬことすら許されない。

 そう一人たりとも……。


 だがそれは死ぬことを単に死が

 許されていないという意味である。


 肉塊になっても生き続け、

 異形に変わり果てても生き続ける。

 それは生きていると言えるのだろうか。


「……いた……いた……いたいぃ」


「だのぶぅ……ごぉ……ろじでぐでぇ」


「あづぅい……ぐるじぃ。ぐるじぃ」


「ままはぁ……どごぉお……めぇがみえないよぉ」


 彼女の眼下で奇声を発する何かがうごめく。

 だが彼らはまだ声が出せるだけ幸いだった。


 爆心地0kmグラウンド・ゼロ


 そこにいた者は、灰になり――骨になり

 なお死ねない。声を発することすら叶わない。


 彼らは不死者アンデッドとすら

 呼ぶことができない。

 それは――蠢く肉塊うごめくにくかい


 ――彼らには『死』が許されていない


「ついに私だけの宝石匣ユートピアを手に入れることができた」


 彼女は天使に相応しい

 美しい声色で讃美歌を詠う


 ――それは紛れもなく天界に坐する天使の姿であった

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