第五章14 『天獄』

 男は――とある荒野で目を覚ました

 目の前に広がるその光景に息をのむ。


 果てし無い荒野、燃え盛る炎

 ――腐った肉の悪臭。


 あの――光で目をやられたせいか

 男の視界はすりガラス越しに

 覗いた世界のようにぼやけている。


 そんな目でも、ここが疑いなく

 何もない荒野であるということは分かった。


 およそ理解のおよばない光景

 夢を見ているのかもしれない。

 あるいはあの時の光も夢だったのだろうか?


 仮に悪夢だとしても許されざる醜悪な光景

 あの美しかった――街が――こんな無残に

 あまりに凄惨なその光景に男は叫びをあげた。


 男が見ていたその凄惨な光景は

 悪夢などではなく現実


 ここは男の祖国


 永世中立国ヘルメスであった。


 男はあてどなく何もない荒野を歩いた。

 瓦礫の山。腐った肉の腐臭。


 男は助けを呼ぶために声をあげた。


 その男の声を聞いた暗がりの

 何者かが――悲鳴をあげて走り去った。


 男にとって残念なことではあったが、

 同時に希望を持てる事実でもあった。


 ――まだ、生存者はいる。


 男はこの絶望的な状況において

 少しだけ希望をもつことができた。


 悪夢のような光景のなかを

 男は歩き続ける。


 目の前に明らかに醜悪なの存在。

 それは男のすりガラス越しの目にも

 明白なほどに醜い化け物であった。


 この街にただよう濃厚な

 死のにおいに誘われてやってきた

 不死者アンデッドだろうか。


 その異形の存在が奇声をあげて

 街の人間を襲おうとしている。


 男は勇気を出し――大きめの瓦礫がれき

 を拾い異形の頭に全身の体重を乗せ

 叩きつける――。異形の頭部の

 骨が砕ける確かな手応え感じた。


 ――異形はぱたりと動かなくなった。


 助けた街の人間は異形の存在に

 襲われたことで混乱しているせいか、

 そのまま悲鳴をあげて逃げて行った。


 助けたのに、感謝されずに

 逃げられてしまったのは少し寂しい。

 だが、この状況では仕方ないとあきらめた。


 それにしても喉が渇いた――。

 ドブ水でもいいのでとりあえず

 喉の渇きを癒したい。


 歩く――。歩く――。


 男は目の前に貯水槽を見つけた。

 信心深い男は神に感謝した。


 ああ――神様。ありがとう。

 これで綺麗な水が飲めます。


 男は貯水槽の水を飲もうと

 その水に顔を近づける――。



 ――その貯水槽の水に



 異形男の姿が映し出されていた――。

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