第五章12 『轟音』

 ドガァンン!! 


 静寂を突き破る天井の轟音

 地下天井を文字通り蹴破り

 舞い降りる銀髪の少女


 ――ソフィア


 血とアンモニアの悪臭立ちこめる

 その部屋に地下室の天井を

 蹴破り――あらわれた


 少女は僕の姿を一瞥し告げる


「外道。どこで油を売っているかと思えばこんなところで遊んでいたか」


 死にかけてました。


「私はソフィア。この外道が迷惑をかけてすまなかった」


「我が主が独り言でつぶやいていたイマジナリーフレンド峰岸亨の脳内の空想上の友達と同じ名前?」


「そうです。あの時の私は透明人間のような存在で実体をもっていませんでした。マスターが独り言をしていた相手――ソフィアです。この姿ではお初にお目にかかります」


「ソフィア。おま……何をしに」


 僕は思わず声をあげた


「夜風に当たっていただけだ。道を歩いていると助けを求める女性の泣き声が聞こえたのでこのように馳せ参はせさんじたまでだ」


「みんながマスターの死をいたむ気持ちは嬉しい。だが、このようなゴミ相手にあなた達の貴重な人生を無為に費やすのは、お願いだからやめて欲しい。この男にはそのような価値はないのだ」


「ソフィアさん。でも俺には……信じられねぇ。この腐った人間が更生こうせいするとはとても思えねぇ。ここで殺さなければ――きっと同じことを繰り返す」


「オルガさんの言う通りだな――。だから私がこの男の行動を監視しよう」


「ソフィア殿。お心遣いありがたい。だが復讐にくる可能性も捨てきれない。私やオルガは自衛できても、回復術師のリーンには無理だ」


 一瞬ソフィアは考えるふりをして


「そうだな。フーラさんの言う主張も正しい。こやつがほんの少しでもみんなに危害を加えるようなことがあれば、こうしよう」


 ゴギリ


 右肩の骨が折れる。ぶらぶらと

 糸の切れた人形の腕のように

 だらしなく左右にゆれる。

 当然だが――痛い。


 ソフィアは言葉を続ける。


「信用してもらえないようであれば、もう一本ほど壊そうか。足でもいいぞ」


 地獄の光景。彼女たちは黙り込む。

 静寂を破ったのは先ほどから

 うつむいていたハーフリングの

 少女リーンだった


「ソフィアちゃん! もうやめて! もう十分だよ! 分かったよ! ソフィアちゃんを信じるからこれ以上は大丈夫。オルガも、フーラもそれでいいよね?」


「ああ……。俺は――もうこれ以上は、いい」


「異存はない。ソフィア殿への失言を詫びる。すまなかった」


 一瞬の沈黙ののち、ソフィアは告げた。


「そうか――。命拾いしたな外道。みんなに感謝するのだぞ」


 ソフィアが何を言っているのか

 僕には分からなかった。


「――」


「心配する理由はよく分かる。私はとある事情でマスターを殺したこの外道を監視中の身だ。この男が暗殺組織から追放され後ろ盾がないというのも事実。だからこの外道の仲間が報復にくるようなこともない。その点は安心して欲しい」


 ――ソフィアは一瞬の間を置いて言い切る


「仮にそのようなことを考える輩がいたら、私が先手を打ち殺す」


 無言


「ところで――その悪臭を放つ生ゴミを回収したいのだが、構わないか? もしゴミでもう少しだけ遊びたいというのなら、私はここで待っていても構わないのだが。どうする?」


 ソフィアという少女が

 恐ろしいことを言っている。


「俺は、もう結構だ。可能であれば、二度と顔も見たくない」


「貴殿を信じる……。そいつは回収してくれると助かる」


「あたいはもういい……。もういい。もう……いいよ」


 三者ともに同じ反応であった。

 顔面蒼白がんめんそうはく――脂汗あぶらあせを流し

 犯した悪鬼の所業に震えている


 とんでもない事をしてしまった

 という恐怖が遅れてやってきている


 ソフィアは両目をつぶり。

 一つだけ小さく頷き

 優しく微笑みながら語った。


「苦しいだろうが、今日ここでの出来事は忘れて欲しい。今日ここで起こったことはすべて夢だ。明日からは日常に戻って欲しい。この外道にあなた達の人生を汚すほどの価値は欠片かけらもない。今日の悪い夢を忘れ、日常に戻りすこややかに一生懸命幸せに過ごすこと。それが天国のマスターやカッツェが望んでいることだ」


 そういうと。ソフィアは僕を担いで

 この地下室拷問部屋から立ち去った

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