第五章11 『泣き声』

 左足の甲にはエストックが

 突き立てられていた。

 痛い。挫けそうだ。


 終わりなき地獄。


 エルフの少女フーラは僕に聞いた。

『なぜ峰岸亨を殺したのかと?』


 ソフィアは僕に聞いた。

『なぜプルートを殺したのかと?』


 ■■■は僕に聞いた――。

『なぜ■■■を殺さないのかと?』


「わからないわからないわからない……」


 オルガという鬼族の少女は――僕の右腕を

 思いきり握り、雑に右手の5本の指を

 まとめてグチャグチャにへし折った


 痛すぎて、脳が痛い――。

 僕の脳はこれ以上痛みに耐えられるだろうか?

 脳の回線が焼き切れる感覚――。


『『』』


 右の指も、左の指もてんでバラバラの

 方角に向かって曲がってしまっている。

 まるでタコの足だ。これは手の形か。


「駄目だ――これでは駄目だ。方法を変えよう。誰か、ペンチは持っているか? こいつの歯を奥歯から一本づつ抜いていく」


「あたいペンチはもってないよ……」


「あいつの歯を抜くのに道具は不要だ。俺なら指だけで引き抜ける」


 何やら恐ろしいことが

 話し合われている。

 地獄は終わらない。


「じゃ、質問を変えるわ。あの事件の黒幕は誰だ」


 ――黒幕は僕です


「黒幕は僕です」


 鬼族の少女のオルガは

 左手で僕の顎を固定し

 無遠慮に僕の口に右手を突っ込み。


 彼女に殴られてズタズタになった

 口腔内を更に無遠慮に蹂躙する。


 目的物を見つけたのか彼女の手が止まった。

 瞬間――激痛!!! 


 黒目がひっくり返る。


 脳がこの痛みには――この痛みには

 耐えられないと絶叫している――。


 


 オルガの親指と人差し指には

 僕の奥歯が摘ままれている。


 あまりの痛みに――膀胱がゆるみ

 無様に小水が両太腿から足の甲に伝う

 フーラのエストックで貫かれた両足の甲に

 小水と、血の朱が混ざる――醜悪な色


 いやだいやだいやだいやだ

 いやだいやだいやだいやだ

 いやだいやだいやだいやだ

 次に来る痛みに僕は恐怖する


「わからない……。わからないんだ」


 右手を口腔内に突っ込み――

 その隣の大臼歯を抜きとる――


「わからない……」


 わからない……。


 右手を口腔内に突っ込み――

 その隣の小臼歯を抜きとる――


 僕は悟った――。


 これが悪行に対する罰なのだと。

 ついに――その時が訪れたのだと。


 そう考えると――。


 自然と涙が溢れあふれてくる

 頬を伝いとめどなく涙が溢れあふれててくる

 これは――僕の歓喜の涙。


 神の実存を信じることができない

 僕が、今この瞬間に――

 神の実在を信じることができた。


 悪人は罰せられ――。

 人を苦しめた者にはそのむくいが返る。

 正義は――存在した。


 


 悪は必ず罰せられる。

 神はやはりいたのだ。

 僕の存在が神の実在を証明する。


「やっと――やっと――」


 涙を流しながら僕は一人呟いた。


 ■■■という悪を、神は見ていて、

 そのけがれた悪人し罰し裁く。

 悪は滅び、善良な人間が救われる。


 ――救いは、正義はあった!


 僕は思考を取り戻し

 部屋を見渡す――。


 鬼族の少女オルガの指が小刻みに

 震えていることに気がついた。

 額にはびっしりと脂汗を掻き、

 唇の色は紫色に変色している。


 ハーフリング族の少女はさめざめと

 肩を揺らし涙を流し、泣いている――。

 体中の水分を――涙で失いそうな勢いだ。


 エルフ族の少女フーラはガタガタと

 小刻みに体を震わせ、青ざめた表情で

 目が虚ろだ――呼吸も荒い――。


 僕は何かしてしまったのだろうか、


「貴様! 今すぐ地に伏し、我が主とカッツェに詫びろ」


「ボスとカッツェを返して!!!」


「頼む……。旦那とカッツェに……せめて詫びて……くれ」


「駄目だ――それだけはできない」


 それをしてしまったら――。

 これ以上の彼等への冒涜が

 許されるはずがない。


 


「代わりにならない価値のない命だけど――。約束通り僕の命は好きにして良い。もっと苦しめてくれてもかまわない。だけど、それは無理だ」


 鬼族の少女オルガが突然

 膝を付き――涙を零しこぼし始める。


 エルフ族の少女フーラは――オルガを

 抱きしめ共に涙を零すこぼす


 ハーフリング族の少女リーンは、

 両手を組み神に祈り――涙を流す


 ――泣き声の合唱


 これではまるで――僕が彼女たちを

 拷問しているみたいではないか――。


 逆さまの世界。何もかもあべこべだ。

 いや違う。あべこべでも逆さまでもない……。


 これが正しい現実なんだ。


 今もなお、僕がした行為は、

 彼女達の心を拷問にかけさいなみ続けている。

 終わりなき無限の責め苦せめくを強いている。


 これが僕の起こした殺人の結末。

 誰かの大切な人を傷つければその

 大切な人を思う人の心は傷つけれれる。


 もし、大切な人の命を奪われたのなら

 その胸に空いた傷は、一生ふさがらない

 のかもしれない。


 この泣き声の合唱は僕が創り出した。

 この地獄は僕の責任。そんな僕が

 せめて唯一出来るつぐないは。


 決して――許されないこと。

 僕の起こした行為を詫びないこと。

 生涯をかけ恨まれ憎まれ続けること。



 彼女達の泣き声の合唱は終わらない。

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