第二章6  『死の廃坑――双子剣 VS 武器庫』

 ズドォーン! 廃坑に爆音が響き渡った――。双子剣オールフォーワンへカーテの頭上に小石がからパラパラと降りかかった。武器庫アーセナルが侵入したのは廃坑の脱出用からであった――。


「ふん――。英雄譚殺しエピックスレイヤーが表玄関からではなく、こそこそと裏口からの侵入とはな。貴様の大層な二つ名が泣いているぞ」


「おう。待たせたな! 明らかに分かりやすい入口があったから蹴破って入ってきてやったぜ」


 規格外の男による規格外の行動……。だが悪剣遣いのヘカーテ、相手が規格外の存在であることは織り込み済みである。想定外の事態に動揺することもない。


 いわく翼竜殺し、いわく巨人殺しその他もろもろの偉業を成してきたことも当然知っている――その上でヘカーテはなおベオウルフに対して勝機があると見積もっている。


「随分と遅かったな――。臆病風に吹かれたかと心配したぞ。武器庫アーセナル。貴様とは一度殺し合いをしてみたいと思っていた。貴様の方から出向いてくれたことを感謝する」


 強がりではない。

 この男の嘘偽りのない本音である。


「いまいちリアクションが薄くて残念ではあるが、サプライズの登場を喜んでもらえて嬉しいぜ! 俺は人が喜んでいる姿をみるのが好きな人間だからな。俺の名はベオウルフ――ただの傭兵だ!」


「ふん。ときたか。――武器庫アーセナル。我の名はヘカーテ。悪剣遣いの双子剣オールフォーワン。我の仲間達に代わり貴様に誅を下す者の名だ――己が記憶に刻んで逝け」


双子剣オールフォーワンのヘカーテ、ね。俺を殺すとは大きく出たな――しっかり覚えてやるから、その戦果を土産に逝っちまいなぁ!」


「いざ尋常に勝――」


 ベオウルフはヘカーテが開戦の口火を言い切る前に右腰の鞘からファルシオンを抜刀――神速の居合術を放つ! だがヘカーテは最小限の動きでこれを回避。幾たびの死地を経てその勘のえは極限まで研ぎ澄まされている――。


カカーン


 ヘカーテの目にもとまらぬ二連撃がベオウルフのファルシオンを弾き飛ばす。ベオウルフは反動で後退する。


武器庫アーセナル貴様は本当に面白い……」


「へっ。楽しんでもらえたみたいで嬉しいよ」


「我の悪剣カースドエッジもなかなか興が乗るものであろうが。タネ楽しみを事前に明かすのは無粋というものであろう。その身でしかと味わうが良い」


「ほぅー。そりゃなかなか面白そうな趣向だな。そんじゃー楽しみにしているぜ。楽しみついでにお前さんが二刀流なら、俺もお前の流儀にあわせて闘ってやるよ」


 ベオウルフの慢心――。これはヘカーテの織り込み済みの必須勝利条件の一つでもある。だが、外道に堕ちた身とは言え二刀の道のいただきを目指す者としてベオウルフのその態度は許容しえないものがあった。


 ガガギィン――

 ヘカーテの無言の意思表示


 ヘカーテの二刀の連撃を左鞘からフランベルジュを抜刀し受け止める。宣言通り両手持ち剣の二刀流という異様な姿を晒していた。


 ファルシオン、フランベルジュ共にトゥハンデッドソード両手持ち用の長剣と呼ばれる種類の剣であり、このような二刀の運用を前提に作られた剣ではない。


「ふん――。貴様の慢心は“悪剣遣い”の我にとっては好都合。だが剣士としては不快だ。貴様の得意なスタイルは両手持ちだ。それでかかってこい」


「その提言はありがてーがなぁ……。一度男がこれと決めたら引けねぇんだ。自分の決断を曲げるというのはできねぇ相談だ! このまま無理を通させてもらうぜぇ!!」


 ファルシオンとフランベルジュによる連撃――。長大な剣は洞窟内の岩壁にぶつかり岩壁を掘削しながらヘカーテを襲う。


 だが、壁にぶつかっている時点で速度は急激に落ちている。ヘカーテがこの攻撃を避けるのはあまりに容易――だが彼はあえてこれを剣で受けきる。


「大きさ、長さの異なる二振りの二刀でここまで戦えるとはさすがだ! 面白い……! 面白過ぎるぞ武器庫アーセナル!!」


 ヘカーテはこの瞬間のためだけに

 生きていたのだと確信した。


「攻守逆転だ。今度は我が貴様を興じさせてやろう。――我が二刀の深淵を双眸そうぼうに焼き付けて逝くがよい」


 双子剣オールフォーワンのヘカーテは地面を強く踏み込み一気に武器庫アーセナルの間合いに入り鮮やかな連撃を繰りなす。――ベオウルフはこれをファルシオンの刀身で受けきる。ヘカーテの一撃一撃の斬撃は軽いが連撃は止まらない。


 カキンカキンカキンカキーン――


 終わらない剣戟の嵐。だがこれもベオウルフは受けきる。ベオウルフの恐るべき視力と、膂力りりょく――。だが防戦一方である。


「おぉっと……。こりゃさすがに手ぇ痺れてきやがったぜ」


「我の悪剣カースドエッジは、連撃を重ねるほど、速度が乗算的に加速する性質を持つ――。貴様のように我の連撃を受けきる人間はいなかった。ゆえにここから先は我にとっても未知の領域――」


 ヘカーテの持つ双剣は風剣ウィンドの二つ名を持つ悪剣カースドエッジ――。加速限界に達した時には剣圧だけで相手の胴を両断する速度に達すると言われている。


「ぬぉぉ……! こりゃ……駄目だ! 武器交換!!」


 ヘカーテの連撃により刃こぼれしてただのいびつな鉄の棒きれと化したファルシオンとフランベルジュを目の前の男に向けて投擲――。


 ヘカーテは最低限の動きでこれを回避――即座に態勢を立て直す。ベオウルフはその一瞬のすきに背中に背負った鞘からクレイモアとバスタードを抜刀。即座に武器を持ち替える。――だがヘカーテの連撃は止まらない。


 カキンカキカキンカキカカカカキカキンカカカカカカキーン――


 ベオウルフの常軌を逸した動体視力でも剣戟を追いきれない。交換したばかりのクレイモアとバスタードもすでにボロボロの鉄の棒きれと化している。


「そろそろ終局だ。心から礼を言うぞ英雄譚殺しエピックスレイヤー――ベオウルフ。貴様へのたむけに我が究極の一を与えよう――ゆくぞ!!」


――全一合一オールフォーワン


 ヘカーテはベオウルフ相手に対等な決闘ができると考えるほど自惚うぬぼれた人間ではない。冷徹なまでに自身の能力を客観視し、自己と対峙する相手への評価を下す。彼が格上殺しと言われていたのはこの明晰めいせきな分析力がその理由である。


 ヘカーテのいままでのすべての連撃コンボ双子剣オールフォーワンの究極の奥義発動のための条件トリガー――それを満たすためのものであった。


 全ては究極の一を成すため――膨大に蓄積された暴力の渦が生ける伝説に襲い掛かる――。


――因果応報剣フィードバッカー


 ヘカーテの肉体の内側からの破裂音――。双子剣ワンフォーオールヘカーテの左右の腕が両肩から爆ぜ飛ぶ。

 

 ひき肉のようにズタズタになった両腕の肉が飛び散り廃坑内を朱色に染める。当然、ヘカーテには何が起こったのか理解できるはずもなかった――。


 これは因果応報剣フィードバッカーによる因果の逆転。受けた暴力を完全に同等の暴力として相手に回帰させる概念剣の特性。ベオウルフはまさに図った様なタイミングでこの短剣で究極の一撃――全一合一オールフォーワンを受けきった!!


「礼には及ばねぇさ。こっちだって楽しませてもらったんだぜ。ありがとなヘカーテ。間違いなくお前は本物の剣士だよ」


 ベオウルフは胸元から黒塗りのダガーを取り出し、目の前の男の頸部の大動脈を一閃。普段の大胆で豪快な戦い方とは全く異なる――命を刈りとることのみに特化した鮮やかで精緻な一閃。


 フッ――。ヘカーテの首元で小さく風を裂く音がした


 あまりの剣閃の美しさに見惚みほれ、斬られていたことを忘れいたたその首が、いま斬られたことを思い出し――鮮血が堰を切ったように溢れ出す。ヘカーテはその自身の命を刈りとるために放たれた剣戟を見て、自然と涙がこぼれた。


 涙が流れたのは自分の命が失われることが悲しいからではない。それはあまりにも彼の剣が美しかったからだ。自身の命を奪ったベオウルフの剣閃のきらめきに――ヘカーテは自身の見果てぬ夢の先を見たのであった。


 彼は外道には堕ちたが――死ぬ最後の瞬間まで剣士であった。ゆがんで狂ってはいたが――生涯をかけて剣の道のみに生きたどうしようもないまでの剣士。憧れていた男に殺されるのだから、死にゆくにあたって悔いなどあろうはずもない。


「お前との殺し合い、楽しかったぜ。約束通りその名は記憶に刻んでやるよ」

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