第三章18 『一万五千の白い花束』

「我がザナドゥ王国は腐敗し切り機能不全におちいった王政を廃止し――本日この時をもって帝政をく! 建国の時である新たなる国の名は――帝政テスラ」


 テスラ元第一皇子による建国宣言である。


 皇帝テスラは元来は平和主義者の温厚な性格であり、その人徳で支持を得ていた人物だ。テスラは、プルートの真理啓蒙エンライトメントにより暴力抑止力の重要性を理解した――。


 理不尽な暴力から守るためには、同等の暴力抑止力が必要であるということを真の意味で理解し、腐敗した王政では理不尽な外からの暴力から自国を守ることができないと判断したのである。


 あの礼拝堂の一件のあと、皇帝テスラは1万の魔獣と、五千人の村民を引き連れ、圧倒的な武力をもとに一夜のうちに実父を王の座から引きおろし、クーデターを成功させた。


 皇帝テスラは、もとより皇位継承第一候補者と認知されていたこともあり唐突な王位継承について諸外国はいぶかしんだが、前王の健康上の理由で生前退位とする、というのが表向きの理由となっている。


 ――真相を知るものは一部の人間のみ。


 現在、前王は『集中治療』の名目で外部の人間とは完全に面会謝絶の状況だ。一連の鮮やかなクーデターは静かなる落城サイレントスレンダーと呼ばれている。


 クーデターの成功の後――プルートの村の住民及び魔獣を皇帝の直下に置き。防衛にまつわる要職に就かせた。


 ティティアは帝国の中で軍部を司る元帥に就き、アストラは外交の特命全権大使の役職を与えられた。この決定を下したのもテスラであった。


 地獄ジュデッカ|を最も深く理解している二人を防衛と外交のトップに据えるのは当然の判断でもある。


 また、彼の心情としても英雄プルートの

 友人を要職につたいと考えるのは

 あまりに当然のことであった……。


 ◆◇◆◇

 墓前にて


「ルー君は嘘つき……だね。ずっと一緒に行ってくれるって言ってくれたのに。告白した後にわたしを残していなくかっちゃうなんて。ひどいよ……」


「ルート。俺の力が足りないせいでお前を守ってやれなかった。せめてもの償いに俺はルートが大切にしたものたちの命をこれからも守っていくよ」


「ルー君がいなくなってからこの国も大きく変わったよ。村に居たみんなは帝政テスラにおいてみんな重要な仕事に就いている。村の人達は生活だって豊かになったよ。みんなルー君が守った村の住民だよ」


「ルート。俺はいまはテスラ皇帝から外交の最高権限を持つ特命全権大使の官職を与えられ、唐突に帝政を建国したことによって生じる摩擦を抑えるために諸外国を行脚しているよ。よく考えると、村でしていたこととあまり変わらないのかな――」


「ルー君。ふふ……。ちょっとね。笑っちゃう話なんだけど。いまトラ君が周りの人間から何って呼ばれているか知ってる? 無腕の交渉者フォーブル・ネゴシエーターなんて二つ名で呼ばれてるんだよ。いまルー君笑ったよね? トラ君の顔の傷跡を見て歴戦の猛者だと勘違いして恐れられているみたい。相手も畏怖をもって接してくれるから交渉が有利に進むんだって」


「ルートな、ティアなんて帝政テスラの元帥として頑張っている。無光の鬼神ノーライト・クイーンなんて二つ名でよばれているんだぜ。バイザー目隠しを常に身につけているせいか、バイザー目隠しの下の目を見たものは石の彫像になるなんて都市伝説ができたくらいだ。――ティティも俺もルートが守ってくれた命を無駄にしないように頑張っているよ」


「ルー君……。わたしはルー君がいなくなってから元帥として、多くの人を殺める仕事に関わってきたよ。そんなわたしはもう――天国になんていけないよね」


 いろいろな感情が胸にこみあげ、

 うまく言葉が発せられない。

 精一杯の空元気で言葉をつむぐ。


「この世界の御伽噺おとぎばなしで”現世で罪をおかした咎人は地獄ジュデッカに行く”という話もあるんだよ。私はルー君にそこで会えるかな……。それとも天国に旅立ったルー君とはすれ違いになっちゃうのかな……」


 ティティアの虚空から

 とめどなく涙が溢れだす。


「ルーく……ルーくん……ルー君……。会いたいよ。……ルー君」


 涙でくしゃくしゃになった顔を

 ぬぐい――精一杯言葉をつむぐ。


「もし地獄ジュデッカで再会できたら。今度こそ……一緒に幸せになろうね!」


 プルートの墓前には一万五千の

 白い花束が敷き詰められていた。

 

 それはまるで――。


 楽園エリュシオンに咲き誇る花園のようであった。

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