第三章15 『礼拝堂前術式ハック』

 真理啓蒙エンライトメントの力は、礼拝堂前で術式改竄ハッキングを試みていた桐咲禊とミミにもその影響が及んでいた。


「これが異世界ジュデッカの光景――。この世界の神話で地獄と伝えらえるのが当然とも思える……な」


 ――ミミは礼拝堂の扉の前で術式改竄ハッキングに専念している。一目見ただけでは先ほどの影響がないように思えるほどに普段と様子は変わらない。


「脳にかかる負荷がきついねー。これだけ膨大な情報の流入耐えられる村人はそんなにいないと思う。ほとんどが意識失ってるんじゃないかな? それでも意識や記憶の混濁こんだくはなさそう。リアルだけど自分の記憶とは完全に別という感じ」 


「この部屋は『密室空間ヴァンダイン二十則』という外法で隔絶空間――に変異しているんだけど、真理啓蒙エンライトメントによって術式にほころびがでてる、いまなら術式改竄ハッキングうまくいくかも」


「同じような隔絶空間を作る『幻影城』ノックス十戒に術式の上書き保存ハックに成功さえすれば礼拝堂に人一人通すことはできるかも。外法術式パラドックス・コマンド――開始イニシエーション


************

 二つの 隠し通路から

 孤島に 一人探偵が

 双子の 姉妹が犯人で

 六感が 犯人を捕える


 「幻影城」ノックス十戒

************


「きーちゃん。術式の書き換えは完了。この隔絶空間はミミの「幻影城」ノックス十戒に上書きされてる。いまならこの魔法陣を通してきーちゃん一人ならこの内部に転移させられる」


 ――ミミの術式上書きにより礼拝堂の扉に隠し通路が形成される


「ミミありがと。それじゃ――行ってくる」


◆◇◆◇


 腹部の刺突と臓腑の損壊、顔面の抉れによってフランシスは満身創痍のように見える。だが、それでも男はまだ倒れない


「クソ――。いい加減にくたばれ!」


 プルートの全体重を込めた一撃が右腕から放つが、いなされる。目の前には靴底が迫る。気がついた時には、遅い。前蹴りを顔面で受けきり必然――後方に吹きとばされる。


「遊びは終わりです――。お前を殺したあとに残りの2人を人質にしてこの村から一旦撤退します」


 ――バリィン


 硝子の爆ぜる音。密室空間ノックス十戒を切り裂いて一人の男がこの隔絶空間に割り込んでくる。砕かれた空間から一人の男が姿を現す――桐咲禊だ。


「……どうやってこの空間に割りこんできたのかは知りませんが、死体袋が一つ増えるだけですよ」


 突如現れた男を殺すため

 フランシスは神速の一撃を振るう。

 無駄のない――精緻な一閃。


 ――ガギィン


因果応報剣フィードバッカー。因果反転によりあなたの暴力はあなたに還元される」


 神速の一撃による衝撃をフランシスに還元される。――反動によりのけぞノックバックる。桐咲はその一瞬の隙を見逃すはずが無い。フランシスの腹部の穴に回転力を加えた蹴りを加える――。


 ただの蹴りではない臓腑を破壊するための蹴り。桐咲のつま先がズブリと腹の穴に侵入しフランシスの腹直筋の筋繊維を左右に歪にズタズタに引き裂き内臓を掻きまわす。殺すことのみに特化した蹴り。蹴りの勢いでフランシスは後ろにふきとばされる。


 血反吐を吐きながら、

 フランシスは呪詛神言を吐き出す


************

我が血 既に神なれば

我が身 天に帰する也


神血顕現ポゼッション

************


 神人――1000年前の召喚者の末裔。自身の命を贄とすることにより一時的に始祖と同格の力を引き出すという神人のみが使える外法切り札


 今のフランシスは召喚者と同格となった――。


「プルートさん――。ティティアさんと、アストラさんをできるだけこの男から遠い場所に引き離して下さい。僕の戦闘に巻き込む可能性があります」


「了解――。桐咲さん……ありがとう」


 ――最初に出会ったときは頼りなく思えた、あのハーフリングの少女をおぶっていた少年の背中が今はとても大きなものに見える。


「お前は美しいままでなど殺しはしない、お前の手足を引きちぎって、ウジ虫のように床で這いつくばらせてから捻り潰す。眷族召喚サモン・パラドックス――シュレーディンガーの猫! ヘンペルのカラス!」


 礼拝堂に黒い虎の魔獣と巨大な黒鳥が召喚される。


 外部の観測者の存在によって消滅する飴細工のように脆い存在。だが外部の観測者の介入が不可能なこの隔絶空間内においては不死の存在。


 その獣が今まさに桐咲を食い殺さんと襲いかかる。


 ――使い魔とはいえ所詮は畜生。


 桐咲の目の前に仕掛けられた蜘蛛アラクネの糸によってたまごスライサーに突っ込んで来たたまごのように、黒鳥と黒い虎は輪切りの肉片と化す。もはやどちらがどちらの肉か分からぬほどの凄惨な光景。


 これが奇術遣い桐咲 禊闘い方スタイル


「それで勝ったつもりか。我が眷族は『観測』されるまで決して死ぬことはない。――その証拠にお前がバラバラにした肉片が元に戻ろうとしている」


「厄介な相手だな。燃える水ガソリンアンド着火棒マッチ


 輪切りにされた使い魔に燃える水ガソリンが入ったガラス瓶を投げつけ、そこに着火式棒マッチを投げ入れる。


 肉片が再生しようとするそばから燃えていく悪夢の光景焦熱地獄。再生した部位が燃料になるので火勢は弱まるどころか増していくばかり。


 忍苦処くにんしょという地獄では体を永遠に燃やし続ける地獄があるらしいが、目の前の光景はそれに近い。


 ――獣の焼けるにおいが礼拝堂に満ちる。


 だが眷族達はそれでも死なない。燃え盛りながらも、憎々しげに桐咲をにらみつける。このままではジリ貧だ。


 ――天井の上に突如術式が浮かび上がる。

 硝子ガラスを砕いたような破裂音が響いた。


 ミミは真理啓蒙エンライトメントによって貫かれた天井の穴を内部を観測することが可能な『』に変異させていたのだ。


「きーちゃん。この礼拝堂の中の様子はミミがしてるね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る