第三章12  『ジュデッカという地獄』

 プルートの住んでいたジュデッカはまさに地獄であった。無限に続く戦争。繰り返される惨劇。一般の民は強制徴用されるときも、自分がどこの国と争っているのかさえ分かってはいない。そういう類の戦争だ。


 プルートの世界では死者の肉を食す調理法が存在していた。


 死肉を食らうという行為は、正常な世界においては『狂人の人肉趣味』や『悪魔召喚の儀式』にしか関係しない出来事である。


だが、プルートの過ごした世界――地獄ジュデッカでは、単純に空腹を癒し、自身の生を繋ぎ止めるための手段でしかなかった。


 餓死を回避するために生みだされたのが人肉レシピという技術だ。プルートの暮らしていた農村のように食糧を作ることを生業なりわいとする村ですら少なくない餓死者が発生していた。


理由は単純だ


 ひとたび戦争が起きれば、食糧は大量に軍に強制徴発される。その徴収される量は村民のその後の生活などはなから想定にしていないのだ。


 ジュデッカでは子を持つ両親は遺書に『死後の自分の肉体は全て子供に相続する』という言葉を残す人が多かった。


 それは飢饉のなかでせめて『自分の子供だけでも』飢え死にさせたくないという親の強い想いからの行動であった。


 いかなる飢饉ききんが起きようとも――遺書で相続された死肉を奪うものはいなかった。それがこの世界のせめてもの矜持きょうじであった。


 我が子のためにその身を呈した親と神に感謝をしながら、親の死肉を食べ空腹をしのぎ――生を繋ぎ止める。その行為を邪悪な行為ととがめる人間などいなかった。


 戦争においては無限刀ワイルダーと、骨刀流オールドスタイルという戦闘スタイルが主流であった。


 無限刀ワイルダーというのは、武器を買うことができない者達が戦場の死体から武具をはぎ取り、それを使って戦うというものだ。


 無限に続く戦争――無限の死体があるからこそ成り立つ流派。

 武器を抱えた死体はそれこそ無限にある。

 これを有効活用するのが、無限刀ワイルダーである。


 死体から奪った剣で相手を斬り殺し、血と脂で切れなくなったらそれを捨て、他の死体から槍を奪い取りそれを投擲し殺す……殺す……殺す。戦場に存在する無限の武器を使い捨ての武器として使いこなすための流派だ。


 武器を持たざる者達が戦場に

 おいて生き延びるための工夫だ。


 次にメジャーな戦術は骨刀流オールドスタイルだ。これも発想の根本は無限刀ワイルダーと同じである。


 終わりのない戦争で発生する死体の骨を武具として活用する技術。人類の歴史において骨を武器として使うということ自体は珍しい考えではない。原始時代から伝わる合理的な技術だ。骨も研ぎ方に気をつければ容易に殺傷できる兵器になる。


 太古の昔の人間たちは剃刀かみそりのように研いだ骨片を、長い木の棒の先端に括り付けそれを投擲することで強力で強大な獲物を仕留め捕食していた。


 骨は石よりも柔らかく鉄と比べて遥かに加工が容易な素材だ。もちろん石や鉄と比べれば強度は低いが調達と加工の容易さはそれらのデメリットを上回る。


 この骨刀流オールドスタイルはそれを戦場におびただしく存在する死体の骨で、剣や、槍や、鎧や、盾をその場で縄などで縛りつけて簡易的なものを作る。


 ただし、骨は石や鉄と比較すると硬度が低く、叩きつけると折れたり、欠けたりするという特性がある。


 この壊れやすさバルネラビリティという短所をを逆手に取って、相手の体の中で武器が砕けるようにすることによって、例えば腹部に骨刀が砕けた場合はその骨片が、腸や、その他の大切な内蔵機に致命的な損傷を与えることができる。


 医療の発達していないジュデッカにおいて内臓内で骨片が炸裂した場合はその後の生存は絶望的だった。ジュデッカの一般人は生き延びるための知恵に長けていた。


 一切の戦闘用の武具を提供されない庶民は自衛のため骨刀流オールドスタイル無限刀ワイルダーを修得するのが一般的であった。


 戦場の主役は男であった。それでは女性は何をしていたのか? 女は戦時中は、男が耕していた畑の管理、平時は街に出稼ぎに体を売ることによって、金銭を稼ぎ、養育のための資金として使うのが一般的であった。


 プルートも例外ではない。彼の母は娼館で悪質な病気に感染し、両目の視力を失った。娼館はいわば雑菌の交換所である。不衛生な環境のもと女性が体を売るというのは自尊心を傷つけるのみならず、実際に危険が伴う仕事であった。


 そう――。この世界の言い伝え通り

 ジュデッカは地獄であった。


 この世界でどういった経緯でこの『ジュデッカ』という世界が知れ渡ったのかは定かではない。だが、死後に罪を侵した罪人達が送られる煉獄の地がジュデッカだと言われている。


 プルートが過ごした現実だ。


 不幸とは相対的なものである。だから皆が不幸であれば、自分を特別に不幸だとは思わないかもしれない。プルート自身も特別自分自身が不幸だと感じることもなく死んだ。


 ――最終的にはその世界のルールである『市井の民への教育活動』という禁忌をおかしたことによって、殺害されることにはなったが、それでもプルートは一生懸命に地獄の中で生きた人間だったのだ。


 ――礼拝堂の中でティアとプルートの泣き声の合唱が響き渡る中で転生後に意識的に忘却の彼方に置いてきた記憶がよみがえってきた

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