第三章13 『地獄の流儀』
「ちょっと、分からねぇことがあるから質問があるんだけどさ……。いいか」
この絶望的な状況に相応しくないプルートの淡々とした言葉。
「なんですか。わたしの授業の最初の卒業生のプルートさん。あなたであればわたしに対してどんな質問をすることも許可をします。なんでも質問してください」
滑稽なほど芝居じみた態度
この男は自分の世界に陶酔している
「なんだかお前の言うことに違和感があるんだよ……。真理だの美の本質だのなんのかんの言ってるけどよ。お前はただ自分のことを理解して欲しいだけの甘えん坊じゃねーかって思うんだよ。よーするにてめーはただの構ってちゃんだ」
プルートは礼拝度と自分を繋ぎ止めていた杭を右足を力任せで引き抜く
「ぐぬおぉおおおおぉぉぉ!!!!!!!」
プルートの右足の骨が砕け肉が裂ける。
杭はクギ状。つまり頭頂部が傘の形状となっている。それを無理やり力任せに引き抜くということは――必然。
「おやおや。今更ですか。あなたが大切にしていた全てが壊されてなお無様にも抗おうというのですか。もはや守るものはすべて損なわれてしまったというのに」
「いったい俺が何を失ったっていうんだ」
「なんとも馬鹿げたつまらない質問だ。これは補習が必要でしょうか。プルートさんは現実の地獄を脳が受け止められなくなって現実逃避しているだけです。それは痛みに耐えられずに麻酔で心をごまかしているに過ぎない。一時しのぎ。逃避しているあなたに改めて事実を告げましょう」
少し間を置いて言い切る。
「あなたの親友のティアさんとストラさんの心と体の美しさが永遠に損なわれました。この礼拝堂をつつむ
ストラとティアの泣き声、嗚咽が聞こえる。
「ああそうか。確かにそうだな。確かにストラは両腕を失った。両腕が無い生涯っつーのは確かに苦しいものがあるんだろうよ。だけど、俺の故郷では、戦争で腕や足を失って、それでも一生懸命生きている奴をたくさん見てきた。友達のひいき目かもしれねーけど、そいつらよりもストラの方が心は強い」
「事実、ストラはてめーの命令には一つも従わなかった。だからこそストラはお前のような路傍の石に
「顔の件は……。確かに残念だったな。それは俺もそう思うよ。村の女の子や、街の女の子は悲しむだろうよぉ。だけどなぁ…こいつが、村や街の多くの人間から好かれていたのはそんな軽い理由じゃねーんだよ。上っ面しか見てねーてめぇにゃあ何言ったって理解できないだろうけど、女たちはなぁ…こいつの…心根に惹かれていたんだよ。それは今も損なわれていない!!!」
「ははは。プルートさん。あなたは怒りで心をごまかしているのです。正気を失っているのです。それに――忘れましたか? 『わたしに抵抗したり、わたしからの質問の回答のとき以外に言葉を発した場合、その当人ではなく別の人間を罰する』と。つまりあなたはティアさん、ストラさんがこれ以上の苦痛や欠損を味わうことになってもかまわないというんですね? 友達想いのあなたが……」
圧倒的な劣勢――そもそもの
「ティア、ストラ……。俺のわがままに――俺の感情に付き合わせてすまない。だけど、俺はもう我慢の限界だ。お前らには悪いけど目の前の男をぶち殺さなければ俺の怒りがおさまらねぇ! 俺なんかに賭けるのは冷静に考えればまったくもって分の悪い賭けだろうけどさ……お前たちの命を俺に預けてくれ」
――礼拝堂をつつむ
心も体も破壊され、絶望に飲まれていたティアとストラがプルートの言葉に反応する。理性が絶望を上回る。二人は無言で首を縦に振る――それはプルートの
「ありがとうティア、ストラ。そして分の悪い
プルートは誰に言うとでもなく一人呟いた
「おいおい!? フランシスさん、あとはなんだ? ティアの目の件か? 両目が見えないっていうことのはきついことだよ。それは俺も痛いほど知っている。俺の母ちゃんも病気で視力を失った。本当はそんな状況なら絶望の中で心が折れてなきゃおかしいんだよ。だけど、まだ幼かった俺なんかを育てるために母ちゃんは絶望の中で膝を折ることも、心を壊すことも許されなかった!」
「視力を失ってからは農村の中で
「最後まで母ちゃんの世話をすることはできなかった……。俺が死んだあと。その後のかーちゃんのことを考えると心が痛むよ。だからこそなぁ。
困惑した表情でフランシスは告げる。
プルートの言っている意味が分からない
のだから当然の反応でもある。
「正直プルートさんが何を仰っているのか全く分かりません。無理もありませんが、大切にしていたモノが壊されて心が壊れてしまいましたか。それとも、狂言で煙に巻いて第一皇子がこの礼拝堂に辿りつくまでの時間稼ぎのつもりでしょうか。それは無駄だと言ったでしょう。この礼拝堂は私の
「異空間だの概念領域だのてめーの言ってるつまらねーゴタクはなに一つも意味わからねーけどなぁ。てめーが俺の言っている言葉の意味を理解できねーっつーことも分かった。それならなぁ…言葉ではなく直接脳に叩き込んでやる――
――プルートの転生時に付与された異能
つまりこの礼拝堂内に居る人間にはプルートが『うそ偽りのない真実を語っている』ということが強制的に理解できてしまうのだ。
「あとはなんだ? 心の美しさが損なわれただぁ? そんなものはなぁ、俺はてめーなんかに教えてもらう前からとっくの昔に損なわれてるんだよ。だからこそ、この村だけは俺の
自ら記憶の奥底に錠をかけて閉ざしていた、転生前の
つまり、フランシスの中の転生前の記憶全てが一欠けらも残さずフランシスの中に強制的に埋め込まれたことに他ならない。
この地獄の光景は、美を愛するフランシスとすれば、自分だけの隔絶された綺麗な世界に汚物を大量にぶち込まれるに等しい行為……。
人一人分の経験を直接脳内に叩きこまれたことによる情報酔いで、フランシスはふらつく。
「これがプルートさん、あなたの見ていた光景……。子が親の死肉を食らい、弱者は強者に蹂躙され、戦争に負けた村の男は皆殺しにされ女は奴隷のように扱われる……。穢れている…。あなたの心は醜く穢れている。あなたは人間ではなく畜生だ」
脳内にふりそそぐおびただしい情報の洪水と醜い景色にフランシスは嘔吐する。プルートの生きてきた世界はフランシスの相反する『美しいもの』とは真逆の世界。あまりの醜い光景にフランシスは顔を下に向けて嘔吐する――。
だが、それはこの場において
もっともしてはいけない行為
――フランシスの明確な油断。
その
寸前でかわされ急所を逃れるがフランシスの頬はプルートの歯によっていびつにえぐりとられていた。
奇しくもそこは最初にフランシスがストラの顔をえぐったのと同じ場所であった。一命は取り留めたものの皮肉なことにフランシスが愛してやまなかった自身の美は永遠に損なわてしまったのだ。
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