第三章11 『美の授業:弐限目【道徳】』
「それでは、ストラさん。あなたの親友のティアさんをここで犯してください」
ストラは最初は目の前の男が言っている言葉の意味が理解できなかった。それはストラにとってあまりにも理解の
……やがて思考が追いつき、男が放った言葉の意味を理解した。ストラは弱弱しく拒絶の意思を示すために首を横に振る。顔面からは血の気が引いている。
シュッ――。ストラの右上腕部に風切り音
ストラの右腕が上腕から
斬り落ちとされる。
一瞬の出来ごとだった。
遅れて鮮血が溢れ出る。
「いいですか。わたしの言葉に逆らうたび、わたしはあなたの体の一部を斬り落とします。もう一度ストラさんに協力をお願いします。あなたの親友のティアさんをここで犯してください」
血と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに
汚しながらも、拒絶の意思を示すため
無言で必死で首を横に振る。
ザシュッ――。
左腕も上腕から斬り落とされる。
二本の斬り落とされた腕が
礼拝堂を朱色に染める。
「これは驚きました。ここまであなた方の友情は堅いものなのですね。わたし想像していた以上にあなたの心は美しい。あなたの心は自分の体が損なわれる恐怖に打ち勝ったのです……。美しき友との絆が損なわれることよりも、自分自身の体が損なわれることを選んだ! この先に両手が使えないことで――どんな悲惨な人生をたどるのかという恐怖にすら打ち勝ったのです! あなたはわたしの試練に打ち勝ったのです!」
フランシスは対象を捕縛する
ストラの左右の上腕部の止血を
――男の惜しみのない賞賛の声と拍手は静かな礼拝堂にこだました
「――ですが、これではティアさんがかわいそうですね。醜く変わり果ててしまったこの哀れな親友をずっと見続けていかなければいけないのは拷問だ。それではティアさんがかわいそうです。そんな残酷なことはできません。せめて――彼女の記憶の中だけでもストラさんの姿は綺麗な姿のままでいさせてあげましょう」
フ――。ティアは瞳の上を風が優しく撫でたように感じた
フランシスの短剣がピンポイントでティアの左右の瞳のみを切り裂く。ティアの整った顔にはかすり傷一つつけずに両眼だけを器用に切り裂いた。
「……!? ああ!! あぁっ…!?」
ティアは自分の中で何が損なわれてしまったのか、この先の人生がどのようなものになるのかということ。両目を失ったことでこれから起こる苦難の人生を一瞬のうちに想像してしまった。
両目を失い、ルートの顔も、ストラの顔も二度と見ることはできない。その未来を理解した時、ティアの瞳から自然と赤い涙に交じって透明な涙がとめどなく
「ティアさんの中にあるストラさんの美しい思い出を護りました。多少痛みをともなう結果となりましたが、思い出を損なうことに比べれば些細なことです」
「――。少々当初の段取りとは異なる結果になりましたが、授業を続けましょう。それでは、わたしの生徒を紹介します。1ヵ月間かけて『教育』したこの村のコボルトです」
祭壇の下でボンレスハムのように
ぐるぐると縄で縛りあげられていた
コボルトをフランシスは解放する。
「このコボルトはわたしの最初の生徒です。まずは、わたしがこの生徒ににどのような『教育』をほどこして生徒にしたか説明しましょう。 彼がプルートさんから学んだ道徳心が本物か試すための試練を試みました」
――。
「そのために、彼の子供2人と妻を人質に取り『お前の命を捧げるならお前の子供の命を保証しよう』と脅してみました。それに対して彼はどういったと思いますか? 彼は魔獣のくせに泣きながら自分の命を捧げるから子供だけは助けてくれと懇願したのです。わたしは感激しました」
――。
「知性の低い魔獣ですら倫理観、道徳心を持つことができるということに。だからわたしは彼の美しい心を認め――彼の代わりに子供を一人殺しました。そして彼に告げました『わたしの言うことに背いた時は残りの子供と、お前の妻を殺す』安っぽい脅迫ですが、彼は泣きながらわたしに感謝し承諾ました」
コボルトはうなだれたようにフランシスの言葉に反応を示さない。
「ストラさんは出血がひどくてとても使い物になりません。なのでストラさんの代わりに、あなたがここでティアさんを犯してください」
フランシスはコボルトが行為に励みやすいようにと、ティアのスカートと下着の側面のみを肌を傷つけないように正確に切り込みを入れ、静かに優しく衣類をはぎ取り、ティアの下半身をあらわにさせた。
コボルトは機械仕掛けの人形のように、男の命じられるままチャカチャとベルトを外し下半身を
コボルトは無意味に腰をぽんぽんぽんと打ちつける。
空気が抜けたようなまぬけな音がこだまする。
「命令に背いたらどうなるか忘れましたか? あなたが犯すのは人間です。罪の意識を持つ必要なんてないのです。やりなさい――」
コボルトは気力をふり絞り男性の機能を取り戻し、目の前の少女の腰を鷲掴みにする。コボルトに鷲掴みにされた腰に爪が突き刺さりうっすらと血がにじみでる。
オスとしての機能をなんとか立ちなおしたコボルトは必死に腰を振る。ティアの股の間にある谷間からつーっと薄い血が流れるが、コボルトはなおも無心で腰をふり続ける。
機械仕掛けのおもちゃのように単調な反復が続く。ティアとコボルトの影が重なりあう――。その影だけ見ればまるで母親にじゃれつく子供のような異様な光景。
ぎっこんばったんぎっこんばったん
――
しばらくすると急にコボルトが覆いかぶさったティアの腹上でぴたりと動かなくなり……小さく
ティアは
静寂に包まれた礼拝堂に泣き声の合唱がこだまする。
その泣き声の合唱を聴き歓喜する。
満面の笑みで両腕を勢いよく掲げ――。
礼拝堂の天井を仰ぐ。
プルートにはその姿が演奏を終え喝采の中にいる指揮者のように映った。
「ご苦労様でした。ですが――これであなたの心は
ズブリ――
短剣で背面から心臓を正確に狙い貫く
コボルトは苦しみと絶望と
罪悪を抱えたままその生を終えた。
「かわいそうなコボルト。道徳や倫理観や信仰を知ってしまったがために、最後まで葛藤のなかで苦しみ、死にました。彼が何も知らないままであれば、このような苦しみを味わうことはなかった。そして人を犯すことに罪悪を感じることなどなかったのです――。彼を苦しめたのはあなた方が押し付けた善意。彼は無知のままであれば幸せだった!」
プルートは転生前の世界のことを思い出した。転生前の世界では、終わりのない戦争が続いていて、知識を持つことは背徳とみなされた。この男が言っているのはあのような世界を肯定することに他ならない。
「プルートさん理解できましたか? 1限目の『体育』では肉体的な美しさが損なわれるということはどういうことなのかということを、ストラさんに協力いただき証明しました! 2限目の『道徳』では心の美しさが損なわれるということはどうかということなのかティアさんに協力していただき証明することができました!」
――。
「これでご理解いただけかと思います。これが『美の本質』なのです。美はただそこにあるのではなく、このように些細な異分子の存在によって容易に……そして理不尽に損なわれるものなのです! それを理解してこそ真の意味で美を理解したと言えるのです!」
――。
「希望があるから、それが損なわれることによって絶望の色が深くなる。満ち足りた生があるから、それを損なわれることがより恐ろしいものとなる。幸せな暖かな日々があるからこそ、それが損なわれるとその倍以上の苦痛を知ることになる。 美があるからこそ、その美が損なわれることがより罪深いものとなる。その証拠にこの礼拝堂をつつむ泣き声を聞きなさい!」
静謐な礼拝堂に泣き声のみがこだましていた
「そう……。この地獄こそがあなた方がこの村で築き上げたものなのです! プルートさんついにここまで辿りつきました。あなたはついに『美の本質』を理解したのです。あなたが与えた善意によってより苛烈な地獄がうみだされてしまった。この地獄はあなたのものです! ついにあなたは真理を得た。あなたはわたしの学校のはじめての卒業生です。 プルートさん卒業おめでとう!」
男は満ち足りた表情で卒業生であるプルートに惜しみない拍手を送る
――プルートはこの男の『授業』に言い表せない違和感を感じ自然と口が動いていた
「ちょっと分からねぇことがあるから質問があるんだけどさ……。いいか」
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