第三章7  『トロイの木馬』

 ――とある村の家の夕飯の食卓にて


 異世界転生者の暗殺執行の前日。ミミと執行のためのすり合わせを行う。繊細な手つきでステーキの肉を切り、口元でふーふーと少し冷ましたあと、巣の中のひな鳥のように口をあけたミミの口に優しく放り込む。


 もぐもぐもぐ


「プルートという男の能力だけど異能の持ち主次第では恐るべき能力だね。魔術の使い方まで一瞬で相手に修得させられるんだから。ミミがこの能力を使えば文明レベルが数段階一気に上がりそうだ」


 ミミがステーキの肉汁を胸元にこぼしたので、僕がナプキンでぬぐう。「きーちゃんちょ強くこすりすぎ!」というクレームが聞こえたが汚れを落とすことに専念する。ごしごしごしごし


「ミミは知識を安売りする慈善事業家ではないかな」


 水瓶デカンタからグラスに水を注ぎ、ミミののどを潤す。ミミのくちびるが水気をおびて艶っぽくなる。この村の水は澄んでいておいしい。


「そうだね」


 ステーキの付けあわせにカリっと揚げたジャガイモと、すこし甘めに味付けしたニンジンのソテーを四等分に切りミミの口に放り込む


 じゃがいもにんじんじゃがいもにんじんじゃがいもにんじん……


 はっ、と気がついたらミミのほっぺがひまわりの種をたらふく蓄えたハムスターのように膨らんでいた――。ミミがじゃっかん涙目になっている気がしたので水を口に注ぐ。


「ところで何か新しい情報は得られた? 明日はテスラ第一皇子とプルート、ストラ、ティティアの3人が謁見する日。つまりきーちゃんの暗殺実行当日」


「まず、ティアって女の子だけど。彼女が異能を持っている可能性は低そうだ。村人からの信頼もあつい。あと赤髪がチャーミングだ。シロだと思う」


「容姿に対しての感想はもとめてないかな……」


 ミミがほっぺをぷくーっと膨らませている

 反射的にほっぺを軽く突いたら

 ミミのほっぺがへこんだ


「次にストラという男のことだけど、彼は普段は他の村の外に出かけてるので確信は持てないけど、状況的にシロと考えて良いと思う」


「報告ありがとう。うーん。きーちゃんの報告通りなら異世界からの転生者はプルートという人だけっぽいね」


「明日はテスラ第一皇子の視察の日。つまり僕がプルートを殺す日だ。正直まだ情報不足ではあるけどこの機を逃すと暗殺の難易度は劇的に上がるし、明日しかないね」


「きーちゃんが仕掛けるのは明日の夕刻の第一皇子との会談前。場所は第一皇子とあの3人が謁見する予定になっている学校内の礼拝堂」


「了解」


「礼拝堂は明日は完全に人払いするそうだから、彼の周りには彼を護る村の住民もいないからきーちゃんも仕事に専念できるよ」


「第一皇子の到着前に暗殺対象を殺害後は、第一皇子と護衛が礼拝堂に到着する前に可能な限り遠くに逃げる。なかなかに時間的にシビアな作戦だ」


「確かに時間的な余裕はないね。ただ前回とは違って3人とも戦闘のプロフェッショナルではないから、きーちゃんなら負けることはないと思う」


 食後の仕上げにミミの口元をナプキンでぬぐう。


 暗殺が成功した場合、国外脱出の方の難易度は実はかなり高い。第一皇子の近衛兵と5000人から命を狙われる脅威のなかでミミを背中におぶりながら逃げ出すというのはどう考えて不可能だ。


 誰にも気付かれる前に速やかに暗殺、誰にも気付かれずにこの村から退去する以外ない。村から出さえすれば、生き残る方法はなんとでもなるだろう。


「明日の暗殺の手順については了解。暗殺後にミミを見捨てて自分だけ逃げることなんてしないから安心して」


「そんなことは考えもしないよ。だってきーちゃんがミミを見捨てられるはずがないんだから。心配なのはきーちゃんの気持ちの方。本当に――大丈夫?」


「気持ちの方とは?」


「またミミときーちゃんは罪のない善良な人間を殺す――ということだよ。殺す人間を選ぶことはできない。善人も悪人も等しく殺す。きーちゃん、この意味を理解しているよね?」


「ああ問題ない。理解している」


「そっか――荊冠の儀ギアス。ソフィアがきーちゃんの心をを護ってくれているんだね」


 ミミがよく分からないことを言って、

 一人でうなずいている。


 ――そんなことより異世界転生者プルートの暗殺の決行は明日の夕刻だ。そんな中でなぜか洗礼の場で出会ったフランシスという男の顔が頭をよぎった。

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