第三章6  『洗礼』

とある新規移住民の家の浴室にて


「ミミ。なんとか住む場所は確保できたけど、しばらくは不自由をかける。研究を再開するためにも僕も本格的に稼ぎのいい仕事を探さなきゃいけなそうだな」


 教会から追放されてから異世界転生者の情報を集めながら方々を探索して辿り着いたのがこの村だ。この浴室も第零課正史編纂室ミミの引きこもり部屋の浴室と比べたら5分の1ほどの大きさだ。


「とくに不自由はしてないよ。ミミはきーちゃんが一緒にいてくれればへーきかな。お風呂いれてくれるし、服も着替えさせてくれるから不便は感じないかな。研究も教会からパクってきた石の本ナコト写本があるから最低限は……ね」


 この村には飲料用として使うには十分な量の水の貯蔵はあるが、さすがに教会と同じように使えるほどの余裕はない。浴槽のお湯に浸したタオルでミミの体を丁寧に拭いていく。


「ミミ。村の説明会オリエンテーションの際に受けたあの能力は間違いなく異世界転生者の異能。つまり、彼のことを殺す必要があるということだね」


 改めて浴槽のお湯にタオルを湿らせミミの前の体を濡れタオルでぬぐう。


「そうだね。残りの2人は分からないけど。すくなくともあのプルートっていう神父は異世界転生者で間違いなさそう。能力自体は戦闘向きではないけどそばには魔獣の護衛もいるし問題ごとを起こせば5000人の住人と魔獣を相手にしなきゃいけないわけだから、細心の注意は必要」


 ミミのかわいいおへその下のデリケートゾーンをタオルでぬぐう時にくすぐったいせいかミミが身悶えしていたが、無視して洗体を続ける。


「その間はミミには不便な生活をしてもらうことになる。力及ばずごめんね」


 ミミのお尻と、お尻の谷間を入念にタオルで磨きこむ。僕の顔が映るのでは――と錯覚するほど美しい芸術品が完成する。磨けば光る人材とはこのことだ。


 無論磨くのを許されるのは僕一人である。ミミの肌はきめ細やかで、そして絹のように艶やかである。それもすべて、僕の最高の手入れのたまものであろう。


「きーちゃん。ミミは特に問題ないよ。なんならここに永住しても良いとすら思っているよ」


 ――心にも思っていないことを彼女が言う時の彼女の目も声の抑揚も死んでいる。研究ができないこの環境はミミにとって苦痛でしかないだろう。僅かながらの焦りも感じられる。


「ミミがそー言ってくれるのは助かるけど、この仕事が終わったらなるべく早く研究ができる場所に移るつもりだ。騙し討ちと初見殺し専門の奇術師としたら、一目に晒される村ではやりにくいことこの上ないよ」


 風呂おけにたっぷり入れたお湯をミミの頭からざぶーんっとかける。ミミの髪にぶつかり放物線を描きとび散る水しぶきが硝子玉ビー玉のように綺麗だ。


「きーちゃん頭から勢いよく水かけすぎだ……」


――と小さい悲鳴が聞こえた。

もう一度ざぶーんっと頭からお湯をかける。

髪が水を弾いて、きらきらしてる。


「そうだね。きーちゃんの言う通り。奇術師マジシャンのきーちゃんとしてはこの村での仕事はやり辛そうだね」


 僕は無造作にミミの右腕をつかみ上方へ持ち上げる。

 ――怪しげに剃刀の光がきらめく。


 ショリショリショリ……


 ミミの脇の下の産毛うぶげ処理も僕の仕事のうちだ。僕が剃った部位は、そこにもともと産毛が存在していたことすら信じられないくらいのつるつるになる。僕が5年間の間でつちかった暗殺術が最高のレベルで開花される瞬間だ。


「で、そのタイミングとは?」


 ミミの産毛うぶげを剃った剃刀を桶の湯で洗う


「隙が生まれるとしたら今から1か月後、ザナドゥ国のテスラ第一皇子が視察に訪れるタイミングかな。それまでは3人の観察と行動パターンの把握を続けることがきーちゃんの主な仕事かな」


 ――ぼくはミミの体を乾いたタオルで水一滴残らないくらい丁寧に拭きとり僕が作った自信作――猫のステッチの入ったピンクのパジャマのボタンをはめていた


◆◇◆◇

――お風呂場のやり取りからさかのぼること5時間ほど前


 今日は新しく入ってきた。移住者の洗礼の日だ。――洗礼というのは名ばかりで新規移住者に対してのオリエンテーションなのだけど。いつものことながら神父の真似事をしながら人前に立つのは緊張する。


 投影アップロードを使えるのが俺だから任せてもらっているだけで、この能力がなければ本来はコミュ力が高いストラか、村長のティアが適任なんだろうな。この街に新たに移住した住人に、洗礼を行うのは俺の朝のルーチンワークになっている。


 洗礼といっても何か特別なことをするわけではない。多種族が住むこの村に住む上での注意点などを投影アップロードを通じて伝えるだけだ。


 この村に移住してくる人はたいていが何らかのワケアリの人たちが多い。事業に失敗して路頭に迷っていた人や、スラムの奴隷階級、旦那のDVに耐え切れずに逃げてきた人。傷心の心を慰めに来た人――例えば、今回移住してきた芸術家のフランシスさんもその一人だ。


 この村はスラムの奴隷だけではなく、おおくのワケアリな人にとってのシェルター保護施設代わりになっているのだ。


 フランシスさんの場合は、片親で育ててきた自分の一人娘を病で亡くしたことで心を病み、この街に移住してきた方だそうだ。


 この村での生活がフランシスさんにとって救いになればと心から思う。今朝はこのようなやりとりがあった。


・ ・ ・ ・ ・


「プルート神父。先ほどのに私はとても感激いたしました。頭のなかに直接プルート神父の御言葉が入ってきたように感じられました」


 神父と呼ばれるのは正直なれない。少しでも自分がこの村のためになればという想いで頑張っているがなかなか心中複雑である。


「フランシスさん。そんなにかしこまらないでください。神父なんて名のっているけど名ばかりのものですから。気軽に声をかけてください」


「ありがたいお言葉です。この村は異なる種族、魔獣がともに争いなく共生しています。これは神の御業みわざとしか思いようがありません」


「フランシスさんが気に入ってくれたのならそれは良かったです。村人として最低限にやって欲しい仕事はしていただきますが、それ以外の時間はゆっくりと休んで下さい」


「お気遣いありがとうございます。わたしの娘にもこの美しい村の風景を見せてやりたかった――それだけがわたしの心残りです」


「言葉もありません。この村の暮らしが少しでも心の慰めになれば……」


「お優しいお言葉どうもありがとうございます。絵を描くことで生計を立てていました……。この村の美しい景色を一枚でも多く描きたいと思っています」


 フランシスさんは謙遜しているが、以前の街では高名な画家だったそうだ。彼が無償でこの村の絵を描いてくれるというのは大変ありがたい申し出なのだ。


「そうしてくれると俺も嬉しいです。フランシスさんに無理のない範囲でお願いします! この村で作ったブドウ酒を差し上げますのでゆっくり休んでください」


◆◇◆◇


 この村へ辿り着く理由はさまざまだ。事前の情報ではハーフリングの少女とその連れの少年に興味があったのだけど、会ってみたらいたって普通の少年と妹? 

という感じであった。詳しい事情は知らない――もしかしたら夫婦なのかもしれない。


 一方フランシスさんの方は、なんというか……。言葉にするのは難しいけど神秘的というか奇妙な感じがした。会話をしている時もなんというか心あらずという感じがした。芸術家特有のオーラというやつなのかもしれない。


「あと1か月後にはザナドゥ国のテスラ第一皇子がこの特区に視察にくるのだから、より一層気合をいれなきゃな」


 ――そんなことを考えプルートは礼拝堂を出た。プルートの背中を静かに見つめる視線には気づくことはなかった。

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