第零章12 『闇夜を覆う死の香り』

 峰岸亨が安全と思われる距離まで退避したのを確認した後で――カッツェは暗闇に潜むナニカに向かって語りかける。


「てめぇ。誰に依頼されたアサシンだ――? 気配を消しているつもりかもしれねぇけど、その程度の気配遮断はボクにはバレバレなんだよ。そのアサシン独特の歩き方、隠し通せるもんじゃねーぞ。元同業」


 潜伏をあきらめたのか、暗闇から黒い外套をきた少年があらわれる


「あらら……。バレバレだったのね。それにしても大賢者様のお仲間のシーフがもとアサシンだったとはね。ご主人様がソレを知ったらどう思うかな?――先輩」


「くだらねーなぁ忌々しい元同業。それは脅しのつもりか? 残念だったな。本当はてめーの手足の1本と、お前の雇い主の情報さえ出せば命までは奪うつもりはなかったが――。その気も失せた」


「やれやれ。平和主義の僕としては、脅しで君が引いてくれるのなら君だけは見逃しても良いと思っているのだけど。

先輩がそこまで殺る気なら僕も引くに引けけないね。――つまらない脅しをかけたのは僕の判断ミスだ」


ザッ――。暗闇で砂を蹴る音が聞こえたと思ったらもうそこにカッツェは居ない


 先に動いたのはカッツェだった。


獣人特有の運動能力と反射神経で一気にアサシンの懐に潜り込む。対するアサシンも迎え撃つために両手に黒塗りのダガーを構える


 ガキィン――。鉄と鉄がぶつかりあう鈍い音が暗闇に響き渡る


 闇夜を斬り裂く重い初撃はカッツェの曲刀シャムシールだった――。速度と重みのこもった致死の一撃!


 アサシンは回避が間に合わず、闇夜に溶けこむ漆黒のダガーを胸元でクロスさせ曲刀シャムシールを受けきることにかろうじて――成功。


「ボクの曲刀シャムシールの初撃を受けとめるとはなかなかやるね。後輩君」


「ぐぅ……。会話の最中に攻撃とはちょい卑怯じゃないですかねぇ――先輩!」


 アサシンは両手に構えたダガーによる高速の連撃を繰り出す……!

が、そのすべての連撃が曲刀シャムシールで華麗にいなされる


 ガギィンガキィン――金属がぶつかりあう音が響く。


カッツェは余裕の笑みすら浮かべている


「そのダガー捌き――アサシンとしては失格ね。いままでその程度の腕でよくアサシンとして生き残ってこれたわね。その運の良さだけは褒めてあげる。

速さだけで重みが足りない。アサシンは一撃必殺即離脱が基本中の基本! 私が教官なら君に卒業証書はあげられないかしら?」


 アサシンは刃こぼれしたダガーをカッツェに対し投擲――。


カッツェは闇夜に溶ける黒塗りのダガーの軌道を完璧に目視で読み切り最低限の動きでこの投擲物を華麗に回避する。


投擲物はおとり! 暗殺者は一瞬生まれたスキを見逃さない――。


外套の袖の下に隠し持っていた予備のダガーを抜刀しカッツェの顔面に避けようのない一撃を加える――!


 ガリィ! カッツェの獣の牙がダガーを受け止めた――。ダガーを噛み砕きバリボリと口の中で煎餅せんべいのように鉄を噛み砕く――。


「ぺっぺっ。やっぱ鉄はクソマズイわー。あっちゃー。さすがに今の悪ノリでボクの歯欠けちゃったかも。ご主人様に嫌われないといいけど」


 万策尽きたと思ったのか――暗殺者は。


月夜に拝むように両手を組む――彼の姿は神に祈るようでもあった


「それはなにかな? もしかして命乞いのつもり? お互いに命を賭けた戦いにそれは無粋の極み――興ざめかな。

暗殺者のくせに殺される覚悟もない君は暗殺者として落第ね。ボクの元同業者のよしみ。苦しませずに逝かせてあげる!」


 カッツェは渾身の力を込めた一閃がアサシンの首めがけ放った――

 鮮血が飛び散る――


「えっ……」


 ドサッ――。


何かが落ちた音がした。カッツェの右上腕部に違和感。

熱――これは血…?


蜘蛛アラクネの糸だ。目に見えないほど細い極限まで剛性の高い糸が君の上腕、大腿、頸部に巻き付けた――これで君は積みだ」


 カッツェは自分の急所に極細の糸が巻かれていることに気付く――。邪獣アラクネの糸で編まれた切断不能の極細の糸。


 元アサシンとして何度も死線を潜り抜けてきたものとしての直感。もう自分の命は詰まれたのだと即座に理解する


「最後に何か残す言葉はありますか――先輩」


 カッツェは精いっぱいの笑顔を作りアサシンに向けて告げる


「これは命の奪いあい――それに負けたということはそれが何を意味するかボクも覚悟はできているにゃ。

ボクの命を奪ってくれてもかまわないにゃ。 だけど――。先輩のボクに免じてご主人様の命だけは見逃して欲しいにゃ☆」



 ――彼岸花ひがんばな



カッツェの首が花弁が茎から落ちるように

――ボトリと落ちた。



そこから咲き誇る紅い華のように鮮血が噴き出す。

その様子はまさに咲き乱れる彼岸花のようであった――。



「僕みたいな人間が先輩の幸せを人生を奪ってごめん。だけど、その願いだけは叶えてあげることはできないんだ。許さなくてもかまわない――僕を呪ったまま逝ってくれ」

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