第四章

 静寂がその場を包んだ。

 誰もがうつむいて言葉を発しない。

 どうしたものか。

 学術院の老師達の顔にはそう書いてある。対する若手の学術院責任者のマルは挑むような目でその場にいる面々を見ている。

 そして、一番その場にそぐわない人物、つまりこの国の代表である首相はつまらなそうに目を天上に向けている。

「巫女姫の予言は絶対である」

 マルが厳かに言った。

「そして我々は巫女姫の力に頼るしかない」

 マルは鋭い目で首相を見た。それを受けて、首相はニヤリと笑った。

「要するに、巫女姫が女神にお願いすればいいわけだ。世界を救って下さいと」

 首相の言葉にマルの眉が上がる。

「異世界へ移動した後、我々はどうする?その世界の住人を制圧するか?しかし女神の援護は得られない。共存するにも、相手がどのようなものなのかわからないんだろう?無計画には進められん」

 首相は頬杖をついて言った。

「この文献に詳しい記述があります」

 一番隅に控えていたゲイルが静かに言って、古い本を首相の前に置いた。

「地球という場所は我らと同じような環境で、人類という我らと同じ生体が暮らしています。貨幣は我らと違って統一ではないが、労働で貨幣を得られる点は同じです。そして食べ物もほぼ同じもの。多少文化に違いはあれど、すぐに馴染むことができます。住む場所、働く場所、すべてこの文献に想定済みのことでした。つまりは、ずっと以前からこうなることが予想されていた」

 ゲイルの言葉に老師たちのうめき声があがる。

「代々の巫女姫たちは少しづつ準備をしてきたのです。そして、先代の巫女姫であるメルの母親は亡くなる前に、この言葉を残している。求める時、女神は答える、と」

 ゲイルは言い、首相を見る。彼は吐息をついて、その目に答えた。

「民にどう話す?世界が終わるから大移動します?」

「女神信仰の厚い人々は、巫女姫の話ならちゃんと聞く」

 マルが抵抗するように言った。

「時間がないんだ」

 ゲイルがとどめを刺す。

「…わかった。私も政治家のはしくれだ。緊急事態に動かないなど愚か者のすることだと心得ている。民の説得は私に任せろ。君たちは異世界への扉を開く祈りの言葉を探すといい。それから、我が国民が異世界で生きていく方法をちゃんと明示しろ」

 首相はそう言い、立ち上がる。

「どこへ?」

 マルが問いかけると、彼は笑った。

「時間がないんだろう?すぐに動く」

 首相はそう言って会議室を出て行った。

「それじゃ、マル、俺たちはメルのところへ」

「ああ」

 ゲイルとマルは連れだってメルの部屋へ急いだ。

 宮殿の奥は静まり返っていた。

「メル?」

 ゲイルが部屋の扉をノックして中へ入ると、応接室でメルはじっと目を閉じてソファに座っていた。

「どうかしたのか」

 ゲイルの言葉にメルは目を閉じたまま首を振った。

「自信がないの」

 メルのポツリと漏らした声にゲイルが頷いた。そして隣に腰掛け、彼女の肩を抱く。

「こんな奇想天外な未来は俺も予想してなかったよ。メル、俺も怖い」

 ゲイルの温かい体温にメルの心がほどけていく。

「祈りの歌が女神に届くと思う?」

「ああ。メルの声は女神も大好きだよ。だから聞き届けてくれる。俺が保証する」

「うん」

 メルはゲイルの胸に頭を預けてまた目を閉じた。

 マルはその様子を扉の側に立ったまま見ていた。メルが落ち着いたころを見計らって、彼は部屋の中へ入って来た。

「巫女姫、あなたは祈りの歌を歌えるのですか」

 祈りの言葉を、音を、知っているのかと問われて、メルは頷いた。

「体に溢れてくるの。光の音楽が」

 メルは歌いだしたい衝動を堪えた。

「俺たちは何をしたらいい?」

 ゲイルが尋ねると、メルはぎこちなく微笑で見せた。

「私を信じていて。そうすれば、私も力をもらえる。そして、みんなが輝かしい世界で、再び生きていけるから」

 たどたどしい彼女の言葉には真実しかこもっていない。

「みんなで新しい世界へ行こう」

 ゲイルの言葉にメルは一際美しく微笑んだ。


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