第8話 ボノの村2
「こら美味い!」
この川は浅瀬の部分が多く、カイが教えてくれた通り、手づかみで簡単に魚が獲れる。その魚は丸々と太っていて油が乗っていた。焼いて塩をふるとこのうえないご馳走だ。特にヨウダは魚獲りが得意で、見る間に10匹以上捕まえた上に、あっという間にその数だけ平らげてしまった。
(あきれるというか、頼もしいというか)
ヨウダは満腹になると早々と寝てしまった。俺はこういう単純で豪快な男が嫌いではない。陽気で働き者で、細かいことを気にしない。誰もが欲しくなる人材かも知れない。
(カイっていうヤツは魔物が出るとか言うとったな)
対岸には森が黒々と広がっている。夕暮れ時を過ぎ、闇が押し寄せる今、あの森の中に魔物が蠢いているのだろうか。
遭遇すれば、この世界に来てから初めてとなる。かなりの恐怖と、かなりの好奇心が掻き立てられていた。
(まあ、それも明日のことや)
俺が枯れ枝に火をくべていると、
「ショウヘイさん、俺、あれで良かったんでしょうか?」
ボノの村を去るときから、すっかりしょげ返っているコオローンが尋ねてきた。
「良いも悪いも今はあれ以上のことは出来んやろ。そういう意味ではよう頑張ったな」
「う~ん……」
コオローンは難しい顔をしている。いい傾向だ。自分に納得いってないというのは伸びしろがあるということだ。
「まあ焦んな。しばらくはお前と俺の連携プレーで行くしかない」
「だけど、俺は失敗した」
「失敗なんかしてへんぞ」
一陣の風が吹き、焚き木の炎が揺れた。
「良かった、ここにいたんだな」
一人の男こちらに向かって歩いてくる。もうずいぶん暗いので輪郭が滲んで、姿からは誰とも判別がつかない。しかしその声は紛れもなくアイオンのものだった。
「ひょっとして、もっと先に行ってやしないかと心配した」
アイオンは腰を下ろし、焚き木を囲む俺たちの輪に加わった。
「ア、アイオン、どうして……?」
コオローンが目を丸くする。アイオンは枝を拾うと焚き木の中に放り込んだ。
「あれからみなと話した」
彼の目に、焚き木の光が映りこんでいる。
「お前たちが造るという国、是非俺たちも参加させてくれ。必要とあらば戦うことも厭わない」
「ほ、本当か、アイオン?」
コオローンはまだ半信半疑である。だが俺は右手をアイオンに向かって差し出した。戸惑うアイオンに、握手のやり方とその意味を教えてやる
「なるほど、合意という意味なのだな」
俺たちはがっちりと右手を握り合った。アイオンはコオローンに向き直ると、
「コオローン、昼間のことだが、お前の言わんとするところ、それは分かってはいた―」
「そ、そうなのか?」
コオローンはまだこの展開についてきていない。
「―分かってはいたが、返事が遅れた。すまぬ」
そしてアイオンは、コオローンに向かって右手を差し出した。コオローンは震える手でそれを迎えた。ユーリクはその光景を見てうんうんと、頷いている。どうやら握手という習慣がこの地に根付きそうだ。その中にあってヨウダは豪快にいびきをかいていた。
「まずは、お前たちの旅の成功を祈ろう。そして旗を掲げるとき、いつでも呼んでくれ。村人全員、その旗のもとに集うことを約束する」
アイオンは立ち上がり、
「それを言いに来たんだ」
そう言い残すと、しっかりした足取りで去っていった。その後ろ姿をポカンと眺めていたコオローンは我に返ると、
「ど、どいうことなんです? 昼間はどうにもこうにも要領を得なかったのに」
「まあ聞け」
コオローンの手柄にしてやるには、さすがに無理がある。後学のためにも種明かしをしてやらなければならない。
「お前はやる気まんまんやった。それは頼もしいことや。けどな、お前はちっとも相手を見とらんかった」
「相手を?」
「そうや。アイオンはいっぱいいっぱいやったんや。さすがに村のリーダーだけあって、みかけは落ち着いたもんやったけどな。やる気まんまんのお前と、いっぱいいっぱいのアイオン。お前らは気持ちを吐き出すことは出来ても、相手を受け入れることは出来へん状態やった」
「な、なるほど……」
「そういうときはまず相手の気持ちを飲んでやれ……言うても、お前にはまだ無理かも知れんがな」
これは技術や心構えの問題ではなく、器の問題なのだ。やり方を教えても、人間には無理なことがある。精神が伴わなければ、実力は発揮できない。分かっていても感情が高ぶり、思い通りに自分を動かせなくなるのだ。
「確かに、俺はとちゅうでカッとなってしまいましたけど、でも、なぜ、アイオンが心変わりをしたのか分かりません」
「心変わりなんかしてへんぞ」
「ど、どういうことなんです?」
「きっかけがなかっただけや」
「きっかけ?」
「そうや。考えても見ろ。女子供を一人残らずさらわれたんや。お前やったら、まずどう思う?」
「か、悲しいし、苦しいと思います」
「それだけか?」
「めちゃくちゃ怒るでしょうね。さらっていったヤツを殺したいと思うほど」
「そうやな。でも、その気で立ち向かっていったら、皆殺しに合うんやぞ」
「き、きついですね。俺なら狂ってしまうかも知れません」
「俺もそう思う。大切なものを奪われたり、傷つけられたりしたら、まず復讐を考える。それも出来んと、だらだらと生き続けろ言われたら、発狂するかもな」
―しかも、大切なものを傷つけたのが自分だったりしたら……。
国を造るなどという大それたことに命をかけている。そのために死んでも構わないと俺は思っている。最後までやり遂げるという意志に偽りはないが、心の底でどこか自暴自棄になっている気がする。そういう意味ではすでに俺は気が狂っているのだろう。
「お前のいう通りなんや」
「何がです?」
コオローンが怪訝な顔をする。
「少々の間、生き延びて何の意味がある? お前はアイオンにそう言ったやろ」
「はい」
「あいつらが一番、そう思ってるやろ。あの村には男しかおらんねんぞ。どのみち一代で滅びるんや」
「…………」
コオローンは絶句した。
「女子供を奪われ、復讐もせずおめおめと生き延びて何になる、命が惜しいのか! お前の言葉はそう聞こえたやろ。でも実際、その通りなんや。ボノの村の人たちは日々、そうやって自分を責めてるんや」
コオローンは俯いた。
「そうか……、俺は彼らの傷をえぐっていたのか」
「お前のいう通りやから仕方あれへんけどな」
「でも、だったら何故、俺の言うことに乗ってこなかったんですか? ただただ生きているのがつらいなら、命をかけて国を造ることに参加すればいいじゃないですか」
何故、か。そのわけを俺の口から言うのははばかられる。
「わしが教えてやろうかの」
さっきからユーリクが話に加わりたくてうずうずしていたのを俺は知っている。このおしゃべりな老人は、割って入る時を今か今かと待っていたのだろう。こらえきれず、俺は小さく笑った。
「コオローン、お前さんとアイオンは結果的に、不幸自慢になっておった。『お前に俺の気持ちが分かるか!』と言い合っておったんじゃ。一方、シュウヘイはアイオンの話を受け止めたのじゃ。同情の涙も流した。アイオンは、この人は理解してくれたと思ったじゃろうな」
「そ、それは分かりますけど」
「そして、それ以上はもう誘わず、シュウヘイは自分たちでだけやり遂げると宣言した。お主のように、金切り声で、相手を責めたりはしなかった。アイオンは頼もしいと思ったかも知れん」
「そ、そりゃあ……! そうかも知れませんね
「分かったか。理屈じゃないんじゃ。アイオンは、お前とは一緒にやれんが、シュウヘイとは一緒にやれると思った、これが理由じゃな」
(ユーリクめ、歯に衣着せぬ物言いをしやがって)
あれではコオローンが必要以上にへこんでしまうかも知れない。
「かーっ! まいった、まいりましたよ、シュウヘイさん!」
意外なことにコオローンは目を輝かせている。
「そんな人が俺の傍にいてくれるんだから、百人力だ」
「コオローン、お前さんもシュウヘイがより好きになったじゃろう?」
「はい、もうどこまでも付いていきたい気になりました」
体中がくすぐったい。
「止めろ、止めろ、俺が腹黒いだけの話や。明日も早いんや、もう寝ろ!」
話を打ち切ろうとしたが、
「いや、腹黒い人間など、見るものが見ればすぐに透けるわい。シュウヘイ、お前さんには真心がある。それがあるから、説得力があるし、よりタチが悪いとも言えるの」
「タチが悪い?」
「大悪党にもなれるということじゃ」
「まあ、否定はせんけどな」
俺とユーリクはヘラヘラと笑いあった。
とにもかくにも、まずはボノの村を味方につけることが出来た。そして明日は森に入る。この旅が終わる頃、どれほどの村を糾合することが出来るのだろうか。
―国を造る。
それはこの旅にかかっている。
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