第7話 ボノの村1
「ボノの村に来るのは久しぶりだ」
村へ続く細い道を歩きながらコオローンが言った。
「交流があるのか?」
「ああ、平和な時分にゃ、村同士集まって祭りなんかをしてました。だけどあちこちでヤツギとダゾンの小競り合いが始まると、危なくて街道も歩けるもんじゃないです。そうなると村同士の行き来も絶えてなくなっちまう」
「なるほどな」
平和だからこそ、お互いに行き来が出来るし、文化の交流も出来るわけだ。交易ともなると、共通のルールが必要だし、街道ももっと整備しなくてはならない。そうやって文明が発展していく。紛争が度重なると人々の心身が疲弊するだけでなく、村同士は隔絶され、高度で大きな社会は育たない。だからいつまでも被害者の立場から抜け出せないのだとも言える。
「ハマの村ほど荒れちゃいねえな」
左右に広がる田畑を眺めてコオローンが言った。
「ハマの村?」
「ショウヘイさん、俺たちの村の名前さえ知らなかったんですか?」
コオローンがあきれたように言った。
「そういうヤツに村が救われるんじゃから、世は面白いものじゃのう」
ユーリクが面白くもなさそうな顔で言った。というのも、畑仕事をしている男たちが手を止めて、俺たち一行をジロジロ見つめているからだ。
(よそ者ってわけか)
俺本人がこの世界における大いなるよそ者なのだが、不審そうにジロジロ見つめられるという感覚は都会に住んでいた俺には新鮮だ。これは村社会特有のものだろう。都会では「よそ者」という言葉さえなかなか使わない。
「コオローン、コオローンじゃねえか!」
村に入ると、すぐに話しかけてきた男がいた。
「おお、カイか! 久しぶりだな!」
「そりゃそうさ。最後に会ったのは3年前の祭りの時だ」
コオローンがカイと呼ぶ男は中肉中背で、やたらと甲高い声をしている。気さくな性質らしく、再会を素直に喜んでいるようだ。
「で、今日は何しに来たんだ?」
カイは、俺たちがただ遊びに訪れたのではないという雰囲気を感じ取っている。
「ボノの村のリーダーはいるかい?」
「ああ、今日は寄り合い所で収穫時期の相談をしているはずだ」
「話があるんだ。案内を頼めるか」
「それはいいが……」
カイは、俺たちの方を見た。
「ああ、紹介するよ。こっちの大きいのはヨウダ。ハマの村の者だ。この老人はユーリク。何かと村を助けて貰ってる。そして―」
「―初めまして。俺はショウヘイ。ユーリクと同じく、村の手伝いをするかわりに厄介になっている者だ」
俺は紹介を待たずに名乗った。俺の立場など何かと説明しにくいだろうから、コオローンの手間を省いてやったのだ。
「わかった。俺は要件は聞かない。アイオンに直接話せばいいぜ」
アイオンというのがこの村のリーダーの名前らしい。寄り合い所へ向かう間、ボノの村を観察したが、コオローンの言う通り、戦火に巻き込まれた様子もなく、通りは小ぎれいで、家々にも破損している個所は無い。
(この村は戦争に巻き込まれてないのか?)
兵士の衝突が起こる場所など決めることは出来ないから、運が良いということなのだろう。ボノはハマよりも大きい村で、通りを歩いていても結構、人とすれ違う。やはり俺たちをジロジロ見つめては、時折、先導するカイに、いったい何事かと尋ねている。
(妙だな?)
俺にはこの時点ですでに軽い違和感があった。
寄り合い所は村の中央に位置する大きな建物だった。ここで会議が持たれ、意志決定がなされたりするのだろう。
「入ってくれ」
カイに誘(いざな)われ、建物の中に入ると、外から見るより更に広い。天井は高く、壁はしっくいで塗り固められており、頑丈な造りである。板張りの床の上で4人の男が茶を飲みながら、話をしていた。
「アイオン、お客さんを連れてきたぜ。ハマの村のコオローンだ」
アイオンと呼ばれた男は、がっちりとした体格の男で、所作に隙が無い。目元は柔和だが懐が深そうだ。
「アイオンだ。遠いところから疲れたろう。まずは上がってくれ、茶でも出そう」
良かった。話の分かりそうな男だ。
◆
俺たちはまず互いに自己紹介をした。もちろんコオローンがハマの村のリーダーであるということも伝えた。アイオンの他の3人の男も村の幹部だけあって、なかなかに落ち着いている。
「―それで、俺に話があるということだが」
茶碗を下ろしてアイオンが尋ねた。
「知っての通り、ここいら一帯は昔からヤツギとダゾンの戦場だ。このままじゃ全滅を待つばかりだ、そうではないか?」
コオローンが切り出した。お手並みを拝見するとしよう。
「何十年も続くヤツギとダゾンの戦争のおかげで、紛争地域の村々はひどいめにあっている。毎年、戦争に巻き込まれて何人も死んでいく」
「うむ」
アイオンは相槌を打った。
「田畑は荒れ放題だ。食べさせるものがねえから、子供や老人、弱いものから飢えて死んでいく。人は増えないし、知恵が受け継がれていかない。年々、ひどくなるばっかりだ。このままで良いと思うか、ボノの村のアイオン?」
「いや、そうは思っちゃいねえ」
アイオンは異論を挟まない。コオローンの弁舌は調子に乗ってきた。
「そうだろう。だから俺たちは団結しなきゃならなねえんだ。紛争地域の村々の衆を一所に集め、国を造る。そして言うんだ。もう、俺たちはお前らの好き勝手させねえとな!」
「ふむ、けっこうな考えだな」
「そう言ってくれるか、ボノの村のアイオン」
コオローンの顔に喜色が浮かんだ。もう説得に成功したと思ったのだろう。しかし、アイオンは沈黙し、それ以上、何も言わない。
「どうした、アイオン?」
「話は分かるのだが……、国を造ったとして、本当にヤツらと戦えるのだろうか? 村々の衆を集めたとしても、ヤツギ軍、ダゾン軍の人数にはとうてい敵わないだろう。満足な武器もない、訓練も受けていない俺たちが、ヤツらに勝てるのか?」
一気に話が決まるかと思ったコオローンは少しイラついて、大声を出した。
「戦わなくても、このままではどっちみち滅ぼされてしまうんだぞ? 違うか、アイオン?」
「しかし、今日まで俺たちはなんとか生き延びてきた。だが、逆らって戦えば確実に殺される」
「俺の村は……! ハマの村は焼き払われたんだっ! もう跡形もねえ!」
業を煮やしたコオローンが怒声を上げた。アイオンは驚いた様子で、コオローンを見た。
「そうだったのか……、それは―」
「同情なんていらんっ!」
コオローンはアイオンの言葉を遮って叫んだ。
「今は森の中に逃げ込んで、なんとかその場をしのいじゃいるが……。この村だっていつ、そういう目に合うか分からないんだぞ、アイオンッ!」
「…………」
「そんな状態でちょっとの間、生き延びたからって何になるんだ? 俺は何もできないまま豚のように殺されるなら、戦ってやる! 少しでも可能性がある方に賭けて、その中で死ぬ方が本望だ! 違うか、アイオンッ!」
「…………」
「どうした、黙っているばかりか?」
コオローンは涙をにじませ、必死に説いているが、それはもう自分の気持ちをぶつけて、相手を言い負かそうとしているに過ぎない。確かにコオローンの言うことは正論だ。アイオンが沈黙しているのも返す言葉がないからだ。だが、言い負かしたところで何になる? それでアイオンが賛同し、仲間になってくれるだろうか? むしろ傷ついたり、怒りを持ったりするだろう。
話し合いの場は冷え切り、誰も口を開こうとはしない。
―このままでは明日など無い。
そんなことはコオローンに言われずとも誰もが分かっていることだし、
―では、どうすればいいか?
という話も延々と続けられてきたことなのだ。おいそれと意見は出ない。
「ショウヘイさんはどう思いますか?」
困り果てたコオローンが俺に助けを求めた。
(うん、それでええんや)
俺はゆっくりと立ち上がった。
「村のリーダー同士の話やけど、ちょっとええか?」
その場の誰もが俺を見た。登場の仕方としてはまずまずである。俺自身ではなく、コオローンをリーダーとした理由の一つがここにある。
リーダー同士である以上、コオローンが年若く、アイオンに少々見劣りするにしても、二人は形上は同格だ。そのコオローンが俺を仰ぎ見て助言を求めるのであれば、俺はコオローンより格上である。つまり、アイオンにとっても無視できない存在になるのだ。
「なんだ?」
予想通りアイオンは居住まいを正した。コオローンと話していた時より、むしろ緊張しているのが分かる。俺の言葉を軽くは受け取らないだろう。
「聞きたいことがあるんや。俺はこの村に来てから、女子供を一人も見てへんねんけど、どこに行った?」
これが俺が感じていた違和感である。ボノの村の男たちはいっせいに頭を垂れた。みな一様に苦痛の表情を浮かべている。
「ヤ、ヤツギの兵士に一人残らず連れていかれたのだ」
アイオンが絞り出すように言った。コオローンは意外な告白に驚き、目を見開いた。
「去年の暮れの話だ。ヤツギ軍には悪名高い、ドッジという将軍がいる。ヤツの率いる兵が俺たちの村を襲い、女子供、一人残らず連れ去った」
アイオンによると、このドッジという男は、軍人の癖に奴隷商人まがいのことをしているという。ヤツギ本国では王家に近い血筋らしく、相当な力を持っており、数々の悪事で金と力を蓄えているらしい。
「逆らえば皆殺しだと言われた。その代わり、黙って女子供を引き渡せば、ここいら一帯で戦争はしないとも言われた」
アイオンの握りしめた拳はブルブルと震えている。
「皆殺しにすると言われれば、他に選択肢などない、そうだろう?」
「…………」
今度はコオローンが沈黙する番だった。ボノの村の男たちはひどく傷ついている。恋人を、親を、子供を、家族を奪われ、それなのに何も出来ない無力。自らを責めている者もいるに違いない。
引き換えに得たのがヤツギからの安全保障だ。
「それを捨てて死ね」
ボノの村人からすれば、コオローンが突き付けているのは、そういうことだ。
「すまなかった。つらいことを話させてしもうたな」
俺はアイオンの肩を叩いた。男しかいない理由も、どれだけの苦痛がこの村を襲ったのかも、よく分かった。俺の頬を涙が伝った。
「この先、そういう村を生まないためにも俺たちはやり遂げてみせる。約束する」
俺はアイオンの目を見つめ、深く頷いた。
「ショウヘイ……!」
「あんたたちは生き延びろ。俺たちは行く。コオローン、ヨウダ、ユーリク!」
ユーリクとヨウダはさっと立ち上がり、荷物を担いだ。
「ちょ、ちょっとシュウヘイさん、いいんですか?」
戸惑うコオローンの腕をつかみ、強引に立ち上がらせる。
「アイオン、邪魔したな」
「お、おい、もう発つのか? もうすぐ夜になるぞ、せめて泊っていけば―」
「いや、先を急ぐ。紛争地域の全部の村を回りたいんや。かといってハマの村を長くは留守に出来へんからな。それに俺らがいたら、あんたらも何かと落ち着けへんやろう?」
「す、すまない」
アイオンは期待に沿えないことを心から詫びているようだ。
「頼みがあるんやが」
「なんだ? 出来る限りのことはする」
「今日は街道沿いで野宿や。良い場所があったら教えて欲しいやけど」
「それなら、ショウヘイ、良いところがある」
コオローンの顔見知りのカイが口を挟んだ。
「街道をずっと行くと、大きな川がある。その川をちょっと左に折れると河原があるんだ。水も綺麗だし、魚も簡単に獲れる。野宿にはちょうどいいぜ。その先の森に入ると魔物が出るからな。夜は避けた方がいい」
「おおきに。じゃあ、今日はそこで寝るとするか」
俺はみなを急かし、さっさと村を出た。田畑の広がる細い道を抜け、北上する街道に戻る。
「ショウヘイさん、ボノの村は失敗でしたね」
コオローンはすっかり意気消沈している。
「そうやなあ……」
俺は街道脇の雑草を引き抜いて、口にくわえた。ものすごく苦い味がする。
「ペッペッ! まずいわ。ユーリク、なんか食える草はないんか?」
「バカじゃのう。まず聞いてから口にしろ」
ユーリクは笑いながら、しゃがみこむと草を引き抜いて、葉を落とし、茎だけになったものを俺に渡した。
「アンゴじゃ。しがむと酸っぱいが疲れが取れる」
「おおきに」
口に入れて吸うと、確かに酸っぱいが美味い。疲れに効くというのはクエン酸でも含まれているのだろうか。
「いや、シュウヘイさん、呑気にしてる場合じゃないでしょう? この調子じゃ、先が思いやられますよ」
「大丈夫や。彼らには俺らの野宿する場所を教えてあるやろ」
「教えたって、あれは尋ねたんじゃないですか?」
「あれは教えたんや」
俺は笑った。つまらん技だが、いちいち教えないと分からないのか。
「とにかく、まずはボノの村と手を組むことが出来たっちゅうこっちゃ」
「え? 意味が分かりませんけど」
「まあ夜になれば分かるわ」
俺たちは街道を歩き続けた。
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