第6話 旅立ち
旅のパーティーが決まった。俺、ユーリク、コオローン、ヨウダの4人である。ヨウダを加えたのは、彼が大男で屈強だからだ。道中には山道や森もあり、危険な野生動物や魔物と遭遇する可能性がある。彼なら荷物も持てるし、戦闘力にも期待できるだろう。そしておおらかな性格なので、気を遣わずともいい。旅の共には打ってつけの男であった。
明日の旅立ちを控え、俺たちは装備を整えることにした。といっても焼けた村を物色するだけの話である。兵士たちの残していった武器や防具があちこちに転がっているから、それを適当に拾い集めるのだ。
「これはあかんなあ」
俺は剣を持ってみて落胆した。実は俺は剣道の有段者だ。文武両道を自らに課して精進した賜物だなのだが、しかし、この両刃の剣は2キログラム以上はある。これでは竹刀で学んだ技法がまるで使えない。日本刀のようなものがあれば言うことはないのだが。
「オラはこれにするだ」
ヨウダがこん棒を持ってニタッと笑った。
「これならコボルトの頭をぺっしゃんこに出来るべ」
言いながらブンブンと振り下ろす。彼の膂力からすれば似合いの武器だろう。
「俺は槍かな」
コオローンは手ごろな槍を見つけたようだ。
「ユーリクはどうすねん?」
老齢ということもあって彼を戦力とは考えていないが、一応は聞いてみる。
「わしはこれで十分じゃ」
ユーリクは杖をクルクルと回した。このじいさんはどんな危険にも動じないのではないか。なんとなくだが俺はふと思った。
◆
決まったばかりのリーダーであるコオローンと、助言者である俺の、突然の旅立ちに村人たちは動揺した。しかし、今を生きるのに必死な彼らに「国を造る」などという夢物語をするわけにはいかない。旅の名目は「新しい村を建設する場所を探すこと」とした。
「村人の前で演説してみろ」
広場に村人を集めた後、俺はコオローンに指示した。これもリーダーの修行である。弁が立たなければ、これから他の村のリーダーとの話し合いにおいて、役に立たない。
コオローンはガチガチに緊張していたが、咳ばらいを一つすると、おもむろに話し出した。
「みんな、聞いてくれ。今日、俺とショウヘイ、ユーリク、ヨウダの4人は、この森を出発する。リーダーに選ばれたばかりだというのに、村を留守にするのは俺も心苦しい」
コオローンは一息置いて、村人たちを見回した。そして声を励まし、
「だけど、このままじゃ俺たちには未来はないんだ!」
両手を広げ訴えた。
「俺たちが安心して暮らしていける村、それを作るべき場所を見つけることこそ、急務なんだ。リーダーとはその場しのぎを繰り返すものはではない。みんなの明日をつくる者だと俺は思っている!」
(おお、やるやないけ)
なんのことはない俺の受け売りだが、村人を惹きつけ、取り込んでしまう迫力はなかなかのものだ。期せずして拍手と歓声が起こった。
「それに、そう心配することない。何故ならこの村にはガリアがいる。俺の留守の間、彼を中心として村づくりを進めてくれ」
そう言うと、コオローンは苦手としているはずのガリアに握手を求めた。ガリアは黙って頷くとコオローンの手を握った。この光景は村人たちに安心を与えるだろう。
(よし、ええぞ)
期待以上の出来だ。新米リーダーとしては合格点の立ち振る舞いである。俺が目を細めて頷いていると、子供たちが俺を取り巻いた。
「ショウヘイさん、ショウヘイさん」
「おお、お前らか!」
俺は一番小さい子供を抱き上げ、高い高いをしてやった。
「きゃははは」
子供たちが金切り声ではしゃぐ。
「ショウヘイさん、いつ帰ってくるんですか?」
気づけばフラワが俺が俺の正面に立っていた。俺からフラワに話すことは避けているのだが、どういうわけだが子供たちが俺になついている。俺の姿を見ると駆け寄ってきてはしゃぐのだ。すると当然、世話係のフラワが現れる。これがルーティーンになっている。
「そうやなぁ、一ヵ月くらいかな」
俺は抱き上げた子供をフラワに渡しながら言った。
「一ヵ月も……! 長いですね」
フラワが淋しそうな顔をした。
「なあに、すぐや」
俺はフラワと面と向かって話すのが苦手だった。平静を保てなくなりそうだからだ。言っておくが、俺はロリコンではない。だから14歳の少女に胸を高鳴らせているわけではない。彼女にどうしても美晴の面影を見てしまうのである。愛しさと共に、それを上回る罪の意識に苛まれる。
一方でフラワと、彼女が面倒を見ている身寄りのない子供たちは俺の動機そのものであった。彼女らの未来を作ってやりたい、その思いが俺の背中を押してとんでもない事業に乗り出すことになったのだ。
「私、心配です」
「大丈夫や。俺は必ず帰ってくる」
「ねえねえ、フラワ、遊んで、遊んで!」
フラワに子供たちがまといつく。
◆
「昌平君は、将来の夢はあるの?」
美晴は微笑みながら俺に尋ねた。俺が施設に来てから三か月、ようやく環境にも慣れてきた頃だった。
施設の食堂は10畳ほどの広さで、ここで子供たち全員が揃って食事をとる。壁には、子供たちが描いた絵や、写真が所狭しと張られている。
「俺、めっちゃ勉強するんや。ええ高校に入って、ええ大学に入って、めっちゃ金稼ぐんや」
「そっかあ。昌平君、頭いいもんね」
「そ、そんなことあれへんけど。美晴ちゃんは?」
「私? 私は……今は思いつかないなあ」
美晴は恥ずかしそうに笑った。
「だから昌平君の夢がかなうように私、応援するね」
「う、うん……」
「ねえねえ、美晴ちゃん、遊んで遊んで!」
幼い子供が美晴にまといついた。そこで会話は途切れたが、美晴にほのかな恋心を抱き始めたのはまさにこのときであった。
◆
「ショウヘイさん?」
フラワが怪訝な顔をして俺の顔を覗き込んだ。
「ああ、すまんすまん」
子供を抱いているのは美晴ではなくフラワである。
「フラワ、お前は子供たちのお母さんがわりやな」
「……うまく出来てるのかなぁ」
「出来てるも何も、お前がおらんかったらこの子たちはどうなってたことか!」
俺は力説したが、フラワは穏やかに微笑んでいる。
「フラワはつらくないんか?」
彼女は小さく首を振った。
(チッ)
俺は心の中で舌打ちをした。聞かなくてもいいことを聞いてしまった。つらくないわけがない。俺はフラワの前では、まったく頭が回らないアホになるらしい。
そして健気な彼女を見ているとつい抱きしめたくなる。
(あかん、あかん)
その様子を傍で見ていたユーリクが、下品な笑いを浮かべた。いやなジジイだ。
「フラワ、ほな行ってくるわ」
俺は彼女を振り返りもせずその場を離れた。するとユーリクが近づいてきて、
「なんじゃお前さん、あの娘が気に入っとるのか?」
「おいおい、勘弁せーや。あの娘はまだ15、16やろ? 年がつりおうてないわ」
「ここらへんじゃ、15、16で結婚するのは別に珍しいことではないぞ?」
「そ、そうなんか? いやいや、ちゃうからっ!」
「ほっほっほ。そうムキになるな」
いや、間違ってもそんなことは許されない。俺は心のごく片隅で、まだ自分の世界に戻るなり、干渉するなりをあきらめてはいない。もちろん、こっちの世界でやるべきことをやった後の話だが。しかし、もしフラワとそういうことになったら、彼女を残してこの世界を去れるのか?
(いやいや、違う違う! だから何を考えてんねん、俺っ!)
俺は自分の頭をポカリと殴った。
◆
俺たちは村人に見送られて森を出発した。荒れ果てた土地を見ながら、数時間も行くと、一応の街道らしきものが南北に向かって伸びている。
「ユーリク、まずどこに向かえばええんや?」
「そうさのう、南に下るとすぐ海に出るが……」
「へえ、海か」
「奥まった入り江があっての、良い港があるんじゃ」
「そこに村はあるんか?」
「村というよりけっこう栄えた町があった」
「あった?」
「以前はのう」
ユーリクの話では、南の港町セメルはずっとダゾン王国の領地として栄えていた。しかし何十年か前の久しぶりの全面戦争の際、ヤツギ兵が総攻撃をしかけ、一番の激戦区になった。町は壊滅状態になり、今では誰も住まない不毛の地と化しているらしい。
「セメルを挟んで、両国は今でもかなりの兵を置いておる。あの大戦以来、にらめっこは続いておるんじゃ」
「そうか。様子を見に行くのも危険そうやな」
そうなると北上するしかない。この島を縦断して、国境沿いにある村を全て訪れることにしよう。
まずは丘陵地帯がだらだらと続き、森に入り、山を越え、そして北の海へ抜ける。この街道は細々とだが、そこまで続いているらしい。
「ショウヘイさん、ショウヘイさん」
道中、コオローンはまるで子犬のように俺になついた。時間を惜しんで俺に話しかけてくる。歩きながら、俺は交渉の仕方のイロハをコオローンに叩き込んだ。しかし彼はまだ24歳の若者だ。これから訪れる村のリーダーは普通に考えるともう少し年を経ているだろう。どれだけ食い下がることが出来るのか見ものである。それはコオローンも心得ているらしく、何度も質問をぶつけてくる。
「ええか、議論ちゅうのはな、勝てばええってもんやないんや」
「どういうことです?」
「議論で打ち負かしても、相手が傷ついたり、怒ったりしたら元も子もないやろ? むしろ負けても仲良くなれた方がええ場合もある」
「なるほど」
「それから見物人がおるときは、議論の勝ち負けよりも、人気を得ることを心がけろ」
「人気?」
「そうや。議論で勝った方の意見が通るんやない。、みんながええなと思う意見の方が通るもんや」
「いやあ、勉強になります」
「これからお前は何人もの村のリーダーと話し合わなあかん。手放しで賛成してくれるヤツなんてまずおらんものと思え」
「はいっ」
そう言うととコオローンは身震いした。リーダーというものの重みを理解し始めたらしい。
ヨウダは、鼻歌を歌いながら呑気に歩いている。彼には一番重い荷物、全員の分の食料を背負ってもらっているが、苦にもならないらしい。ユーリクを除いて、俺もコオローンも10キロ以上の荷物を背負っているが、これが重い。それだけでもこの旅は簡単なものにはならないだろう。
「見えてきたぞ」
ユーリクが叫んだ。
「ボノの村じゃ」
街道の左手に、細く伸びる道があり、その先に家々が立ち並んでいる。俺たちはまずはこの村を訪れることになる。
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