第5話 リーダーはお前だ

祭りの日の翌日。俺は村人を広場に集めた。

「おはようさん。みんなここまでよう頑張ったな。そやけどな、この先、生き延びるためには、今日から新しいスタートを切らなあかん。そのために、村のリーダーを決める必要がある」


 俺は大声でぶち上げた。


      ◆ 


 この一週間の観察で、この村に長(おさ)のような存在がいないことは分かっていた。あの荒れ果てた村で肩を寄せ合い、その日を生きるのが精いっぱいだったのだろう。


「昔は長老のような存在はいたんじゃがのう」


 と、ユーリクは言った。その長老はすでに戦火に巻き込まれ死亡してしまっている。つまりこの村人たちは意思決定するものがいない烏合の衆なのだ。当然、統制のとれた組織ではあり得ず、見張りもいない、武器を持って抵抗するでもない。ユーリクが手を貸してやっていたからこそ、なんとかここまで生き延びてきたのだろう。


「お前さんがリーダーにはならんのか?」

「俺が?」


 そう簡単ではない。ユーリクも俺も厳密には部外者なのだ。援助やアドバイスは出来ても、村人からすれば異邦人である。


「それよりも村人の中からリーダーを選ぶんや。俺はあくまでアドバイザーっちゅうか、彼らを導く立場の方がええ」


「ふむ。まあお前さんのやり方に口ははさまんが」


 ユーリクは要領を得ない顔をした。


     ◆


「これから村のリーダーを多数決で決める。まず、俺がリーダーになりたいってヤツ、前に出て来てくれ」

 村人たちはお互いに顔を見合わせ、もじもじするばかりで、なかなか勇気を持って前に出る者がいない。


「いくらでも待つからな」


 俺が腰を下ろして一服しようとしたとき、コオローンが名乗り出た。


「俺がリーダーをやりたい」


 その目に決意を感じる。


「よっしゃ、他におらへんか?」


 音もなく長身の男が前に進み出た。あの大男のガリアだ。


「他には?」


 俺は広場を見回したが、どうやら名乗り出るのはこの二人だけのようである。 


「よっしゃ、じゃあこの二人から選ぶことになる。これから時間をとるから、みんな好きなだけ相談してくれ」


 村人はざわつき始め、やがてあちこちに話し合う小さな輪が出来た。


「民主主義で行くのか?」


 さすがにユーリクは知っている。この世界にもぼちぼち議会制民主主義の国が出現し始めているらしい。その最たるものは、東の大陸に存在するボルゴダ帝国という大国だ。帝国というからには立憲君主制なのだろう。この政治形態は現代日本と同じである。


「そうやな。民主主義こそ進んだ文明の証やからな」

「しかし、ここの村人はそんなもの知らんぞ。見てみい戸惑っておるではないか」


 ここいらはまだまだ封建社会真っ盛りなのだろう。自分の意見が行政に反映される、そういう体験をしたことがないのだ。いつの時代も身分を持たぬ人たちは唯々諾々と従わされ、不利益を強いられる。


「何事も初めってことはあるやろ?」

「そりゃそうじゃが……」


 ユーリクの言いたいことは分かる。こういう危機的状況に民主主義など悠長な政治形態で果たして対応できるのか、ということだろう。


「安心してくれ。民主主義の皮を被った俺の独裁や。コオローン、ガリアのどちらがリーダーになっても、所詮、お調子者か、ウドの大木や。一人ではなんも出来ん。俺の言いなりになるしかないやろな」

「お前さん!」


 ユーリクは吹き出した。


「じゃあ、ああやって必死で議論している村人たちはいい面の皮ではないか」

「いや、この選挙は無駄やないねん」


 コオローンの立候補は予想していたが、ガリアは意外であった。しかしいずれにせよ、一歩前に出たという勇気や使命感は評価できる。


「コオローンは、おっちょこちょいやが、行動する男や。それに独創性もある。しかしああいうヤツはよそ者の俺がリーダーをやっていれば、いずれ不満を持つ可能性もある。ガリアは素朴で真面目な男や。一所懸命に取り組むかも知れんけど、ああ無口では村人に思いが伝わらず孤立するかも知れん。一長一短、どっちも見込みはある。鍛えれば使えるかも知れん」

「なるほど、教育か」

「そや。村人たちには意見を出す習慣をつけさせる。選ばれた奴にはリーダーとして何をせんといかんか、それを教えるんや」


 それに村人たちは自分たちが選んだリーダーの下した決断には従いやすいというものだ。


     ◆


「コオローンがええと思うヤツは手を上げてくれ」


 およそ80人の村人のうち、子供を覗く50人ほどが手を上げた。これでコオローンに決まった。彼は機知に富み、若者を中心に人気があったし、なんといってもその機転で、村人に酒が振舞われたというのが昨日の今日だ。まずは順当だろう。


「よし、コオローンに決まりやな。これからはみんなで意見を出し合って、コオローンの下で力を合わせてやっていくんや! ええな!」


 村人から歓声が湧いた。


「ガリア、よく名乗り出てくれたな。その勇気をみんなは忘れんやろ」


 俺はガリアの背中を叩いてやった。小さな拍手が起こった。これで彼の名誉は守られただろう。ガリアは小さく表情を動かしたが、黙して身を引いた。


「さて、コオローン。今日からお前が村のリーダーや。そのことにいて話がある」

「うん、分かった。俺も言いたいことがある」


 彼は強い光を放つ瞳を俺に向けた。


     ◆


 俺はユーリクとコオローンを連れて、大きめの建物に入っていった。ここはいわば公共施設で、雨の日、広場を使えないときには集会場として使い、その他にもみな集まっての飲み食いなどにも使える。唯一、まだ完成しておらず、建物の中には木材などが積まれている。


「話って何だい、ショウヘイさん」

「まあ、簡単に決まったという感じも否めんが、どや? リーダーになった感想は?」

「俺、みんなのために頑張るよ」


 コオローンは拳を握り、やる気を示した。


「だからさ、これからは今までみたいに何でもかんでも口を出してもらっては困ります」

「どういう意味や?」


 俺はニコニコ笑って答えた。


「そりゃ、たまには助言が欲しいこともあるかも知れないけど、俺たちは俺たちのやり方でやっていきたいってことですよ」


(そら来た。予想通りや)


 俺は可笑しくなった。この若者は第一印象通り、独創性と野心がある。行動力もあるし、人気もある。それを自信とするのは当然のことだ。自分がリーダーになった今、急に俺の存在が煙たくなってきたのだろう。いや、以前から快く思ってなかったかもしれない。

 実際、こういうヤツを俺はたくさん見てきた。特に政治家のほとんどはこのタイプだ。それなりの立場が出来てチヤホヤされると、すぐに勘違いして天狗になる。集団の中でいい格好をするが、その集団をどうすべきかなど、発想にない。それだから危急の事態が起こった場合、大規模な災害や戦争が起こった時、例外なく無能なのである。


「そりゃ助かるわ。そんなら俺とユーリクは、明日、ここを出る」

「え?」

「いやな、ここと同じような境遇の村が幾つも有るらしいやないか。それを助けに行きたいねん」

「そ、それにしても急な話ですね」

「いや、前から思ってたことやねん。けどな、いつヤツギやダゾンの兵士がこの森に踏み込んでくるかも知れん。ユーリクの話じゃ、魔王の連合軍が人類に戦争をしかけてくる日も近いらしい」

「そ、それ本当ですか?」


 俺は頷いてから続けた。


「それにあの森で冬を越せるんかっていう心配もあったんや。食料もないし、寒さに耐えられるかも分らんしな。そういうわけで、しばらくはここを離れられへんと思ってたんやけど―」


 俺は立ち上がってコオローンの肩に手を置いた。


「―お前がいてくれるんやったら安心や。ほんなら頼むで」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 俺はコオローンの言うことは聞かず、


「リーダーってのは全責任が降りかかってくるんや。お前が間違いを犯したら何人も死ぬかもしれん、そういう立場ってことを忘れずに頑張れや」

「ショ、ショウヘイさん!」

「何を大声出しとるんや?」


 俺は驚いてみせた。


「お、俺が悪かったです。ずっとここにいて下さい! まだまだ助言が欲しいです」


 ついさっき、自信にあふれ握った拳が、今ではプルプルと震えて血の気が無い。


(可愛げがある)


 俺は思った。手に余ることが起こったとき、意地を張ったり、自分で抱え込むヤツは使えない。すぐに誰かに助けを求める人間にはまだ見どころがある。

 俺は成り行きを黙って見守っていたユーリクにウィンクした。彼は苦笑している。


「これは驚いたわ! 自分で決めるんちゃうんか?」


 俺が更に大げさに驚いてみせると、


「これこれ、もう許してやれ」


 とユーリクがたしなめるので、矛先を収めて本題に入ることにした。どちらにしろ、最初にガツンとやるつもりではいたが。


「あのなあ、コオローン、お前にはまだリーダーは無理や」

「じゃ、じゃあガリアなら良かったんですか?」

「そういう問題やない。リーダーはお前や。むしろ村の連中でリーダーが出来そうなんはお前しかおらん」

「ほ、本当ですか?」


 コオローンの顔に喜色が浮かぶ。俺に認められたいという気持ちがあるところを見ると、俺を排除したいというよりは、自分を大きく見せたかっただけなのかも知れない。 

 


「だから、俺がお前を真のリーダーに育てる。しばらくは俺の言うことには、全部、ハイ言うとけ」

「え?」

「ハイやろ?」

「ハッ、ハイ!」

「よっしゃ、ええ子や。ちなみにさっき言うたことは本当や。俺はここを出ていく」

「ちょ、ちょっと、そりゃないですよ!」

「お前は、俺についてこい。村の代表として、他の村の代表に会ってもらうからな」

「ど、どういうことです?」

「国を造るんや」

「く、国ですか?」

「ええか、考えろ。例えばあの森を出て、もっかい村を再建して、お前はそれで安心して生活できるか?」

「で、出来ません……」

「そうやろ。このままやったら、お前らはいつまでも殺され続ける。ヤツギもダゾンも、お前らの命なんぞ、ゴミとも思ってへんらしいからな。それは散々、味わってきたんやろ?」

「はい……」

「そやから、同じような立場の村を全部集めて国を造るんや。ヤツギもダゾンも手だし出来んようにな。みんなの未来のために。そしてそれはお前が始めるんや」

「お、俺が国を造る……!」

 今、コオローンを襲った震えは先ほどのものとは種類が違うだろう。目から涙があふれ、先ほどとは顔つきが変わってきた。


「お、俺に出来るでしょうか?」


 真摯な眼差しと、素直な疑問。こういう顔付きを待っていた。本当の価値ある目的の前では、人間は謙虚になるものだ。その謙虚さを土台にして培った自信こそ、奢り高ぶりではなく本当の自信と言える。


「やれる。俺がついてるからな」

「しかし、その間、村はどうするんじゃ?」


 ユーリクが疑問を挟んだ。


「ガリアがいる」


 俺は短く答えた。


「じゃあ、村のリーダーはやっぱりガリアがふさわしいとショウヘイさんは考えていたんですか?」

 コオローンは泣きそうな顔である。自分より俺がガリアを評価しているのかが気になるのだろう。

「アホ! 人には役割ちゅうもんがあるんや」


 やれやれ、コオローンには教えることがこれから山ほどあるぞ、と少々うんざりしながら俺は思った。


「あの森の生活をそのまま維持するだけやったら、お前よりガリアの方が断然ええ。あいつはそのために必要なことを、確実にやっていくやろう。そやけどな、さっき言うた通り、それやったら明日はないねん。真のリーダーちゅうのは、人々を明日に連れて行く存在や」

「あ、明日に……」

「そうや」


 そういう意味では、ガリアは役人タイプである。決まり事を着実に実行していく、それが彼に合った仕事だと俺は踏んでいる。


「そやからお前はリーダーとして、ガリアに村を託すって形を取るんや。ガリアはそれを忠実に守ってくれるやろう」

「正直言うと、俺、あいつちょっと苦手で……」


 俺の真意を知った安心からか、コオローンは照れながら本音を話した。


「そうかも知れへんな。性格が完全に逆やもんな」


 俺は笑ったが、そのあと居住まいを正して、


「けどリーダーはそんな感情で動いたらあかんぞ」

「はい」


 よし、これで出発の準備は出来た。近々、この村を発ち、他の村を歩いて回る。果たして建国の名のもとに人々を糾合できるだろうか。




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